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哲学書を読んでいます。

Joined May 2016
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前々から思っていたが、自分は思考実験というものが(自分でするのも他人がしているのを読むのも)苦手なようで、それは抽象的な設定を立ててそこから本質構造を浮き彫りにするような思考が苦手であるか、またはそうしたセンスの欠如を意味しているだろう。
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キルケゴールは直接性を「有限性と無限性の幸福な統一」だと言っているが、同時に具体性と抽象性の幸福な統一とも言えるのではないだろうか。
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人文学はその本性からしてイデオロギー的であらざるを得ない。先ず、イデオロギーというものは「裏」を覆い隠して恰も「表」が真実であるかのように繕う語りである。そして、人文学を構成する「読む」という行為は根本的に、部分部分の意味を読んでいく際に常に「裏」で全体の意味を先行して持っていざるを得ず、且つ、読み込む当のものの何かしらを自らが「裏」で既に先行して持っていないと成立し得ないものであるが(解釈学的循環)、この固有の構造故に、「裏を読む」(イデオロギーを読む)時には常に自らも又「裏」を有せざるを得ないからである。所謂イデオロギー批判は必ずイデオロギー的なものにならざるを得ない。
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この対比は、別のところで「言語論的転回」に対する反旗を掲げたとして顕揚した『名指しと必然性』のクリプキにも当てはまると思う。あれもやはり、modus essendi を超えた(あるいはその根底にある) actus essendi の主張であると見ることができる(いや見るべきである)ので。
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アリストテレスに抗してトマスが死守しようとしたものとは、 アリストテレスの modus essendi (在ることの諸様態)の分析に対して敬意を示しつつもそれを超えた(あるいはそれの根底にある)重要性をトマスが敢然と主張した actus essendi (在ることの現実性) の問題のことを指しています。
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First trailer for Ridley Scott’s ‘THE DOG STARS’ starring Jacob Elordi, Margaret Qualley and Josh Brolin. The film follows a survivor who sets out to trace its origin of a mysterious radio signal in the apocalypse. In theaters on August 28.
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なんてことだ、河出書房新社から作家小野正嗣訳のフォークナー『征服されざる者たち』が出る 24年に桐山訳『響きと怒り』が出たけど、どちらも『ポータブル・フォークナー』でお二人が一部訳した作品 となると柴田元幸訳『行け、モーセ』や池澤夏樹訳の『野生の棕櫚』とかが出てくる可能性あるかも
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Replying to @kumatarouguma
政治が自分の利害に直結することもなければ、なにかが変わるというビジョンもないならば、現状維持は必然だと思います。 だから、私としては、せめてみんなが自分の利害に直結するような事柄を政治において発見できれば、と思うんですよね。
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檜垣先生のような哲学者ですら、政治(の参加)に対して絶望し無関心にならざるを得ないのでしょうか。 ここからはもはや、政治が参加するものではなく、観察して身の振り方を考えるものになっているので。 (邪推をして申し訳ありませんが、いまの政治があまりにも私たちと疎遠になってしまっているような気がして仕方がないのです)
自民高市圧勝しそうなら円をドルに大幅に変えておくか。日本円に価値がなくなる危険があるよな
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我々はたとえば(最も私的なはずの)自分自身の感情を知ろうと思っても、それが何であるかという「文法」が言語の側に存在しているので、ある場面で何を感じているべきなのかを「他者」に教えられるほかない(場合によっては誤りを指摘されさえする)という屈辱的なあり方をしていますね。
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これとかも、もうホンットに「そういう女にはそういう男しか寄ってきませんね」案件でしかない。まさに、世界が貧相な人は、世界が貧相な人と「番い」になりたがる、というだけの話。
男がコレやってもうたら女から即ザコオス認定されて相手にされへんからな 初手で虐待されてたとかいじめられてた経験話してくるような男と番いになりたいと思うか? くだらねえ自己開示してる女の話なんて ヤリたいから我慢して聞いてるだけ 価値があるのはお前の穴
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Twitterやそれに準ずるアーキテクチャ、あるいは敵と味方を二分する敵対性のポリティクスによって破壊されたのは、言葉とはそもそも重層的なものであり弁証法的なものである、という言葉の物質性なのかもしれないな。全てが認識のフォーマットに回収され、クリシェに還元される。
やっぱりクリシェじゃだめなんだよな。正しい言葉であれ、優しい言葉であれ、クリシェは世界を少しずつ悪くしていく。世界の豊かな複雑さをちょっとずつ目減りさせていく。クリシェではない言葉を発するには魂的な何かだったり、技術的な研磨が必要だったりする(と、これもまたクリシェかもしれない)
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ボルケナウ『封建的世界像から市民的世界像へ』もだが、唯物史観に基づく思想史は、その思想家(に限らないが)がその時点では決して気づきえなかったとはいえ何をどう見誤っていたかを抉り出す点において他に代えがたい。赤穂浪士が吉良上野介の首を取った行為が如何なる錯覚によるものか、などなど。
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「反AI」ほど完璧に敗北を約束された思想もそうはないと思うが、だからこそ「クリエイティブ信仰」という、歴史のある一瞬においてだけ可能であった世界観をまざまざと示しており、美しくも物哀しい。
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・・・とばかり言って済ましていられないのは、サドにおいて、この誹謗中傷の権利が、古代共和国には似つかわしくないほど大規模なフランスにおいて、「共和国」を実現し、市民の間に紐帯を作り出すための手段と考えられているからだ。「世論」に依拠する政治と誹謗中傷の権利は切り離せない—これがサドが示す「共和国」の裏面である。
誹謗中傷は、実際に悪人についてなされる場合は、少々悪口が過ぎても、その悪人の存在を知らしめることになるのだから、とりわけ人々の紐帯が強く、関係のちかしい共和国では許容されるべきである、とサドが述べ立てていた。—まるで今時のSNSである。
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どんな場合でも、個々の状況に理論をただ適用することはできないし、それは危険な行為でもある。他方で、理論が全く役に立たないわけでもない。理論を適用するときには、状況に応じた改造をする必要があるだろうし、おそらくは理論自体の内部に、それが生まれてきた具体的な状況が埋め込まれている
「有害な男性性」とか「ホモソ」も、学術的な見せかけをした罵倒の言葉として使われるようになってしまったけれど、そのように「知識」で人を理解したり診断したくなる誘惑に抗わない限り、反差別の主張は内側から崩れ去ってしまう
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「有害な男性性」とか「ホモソ」も、学術的な見せかけをした罵倒の言葉として使われるようになってしまったけれど、そのように「知識」で人を理解したり診断したくなる誘惑に抗わない限り、反差別の主張は内側から崩れ去ってしまう
これは私自身の立場の問題として、「家父長制」とか「植民地主義」とか「トーンポリシング」とかその手の言葉を使うときは、なるべくその言葉を自分がどういう意味で使っていて、それがなぜいけないのかを同時に説明するようにしたいと思っている
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だから今は新しい価値に光を当てる啓蒙的な批評ではなく、みんなが共有している対象を細かく解説する「考察」が流行る。議論の内実の評価は別にして岡田斗司夫がみんなが知っている作品ばかり動画で分析にしているのはまさにそれだなと思う。
メジャーで売れるものは素晴らしくて、それを貶すサブカルは、自意識過剰なクソダサ仕草、というのは、それはそれで全然構わないんだけど、面白い批評、というのは今よりも昔の方が多かったように感じる。単に老害なのかもしれないけど。鼻持ちならないサブカル選民思想、みたいな情念が、意外と批評の質を底で支えていたのかもしれない。B'zファンが批評に飢えていた、みたいな話もあるけど、そもそも、メジャーで売れているコンテンツには批評の言葉は必要無い、余計なお世話であって、多くの人に価値が認められないけど、少数の人には価値がある、それを表現する為の言葉が批評なのだろうと思う。
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メジャーで売れるものは素晴らしくて、それを貶すサブカルは、自意識過剰なクソダサ仕草、というのは、それはそれで全然構わないんだけど、面白い批評、というのは今よりも昔の方が多かったように感じる。単に老害なのかもしれないけど。鼻持ちならないサブカル選民思想、みたいな情念が、意外と批評の質を底で支えていたのかもしれない。B'zファンが批評に飢えていた、みたいな話もあるけど、そもそも、メジャーで売れているコンテンツには批評の言葉は必要無い、余計なお世話であって、多くの人に価値が認められないけど、少数の人には価値がある、それを表現する為の言葉が批評なのだろうと思う。
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