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よく見てる医者のYouTubeで、「体力をつけるにはどうしたらいいですか?」という視聴者の質問に「毎朝1〜2時間、グッタリするほど激しい運動をしてから出勤するといいですよ」と答えていて、やっぱり医者になるような人間は根本的な体力と成育過程で培われた精神性・人間力が全く違うんだと思った
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男が便利な女を手に入れる方法
女が「こんな私でいいんですか」と言うくらい女の自己肯定感を下げること。これが歴史上行われてきた方法であり、今でも男たちはこれをしようとしてくる。権利を主張するフェミニストを未婚おばさんの嫉妬って事にしときたいのもこれ。クズ男の魂胆はバレている。
そうそう、女性は女性性が求められて、黒人は黒人としての記憶(スラム育ちやドラッグやギャング的な境遇)、日本人は日本人らしさ(キャラと禅とヒロシマ)、中国人は中国人らしさ(龍と社会主義と抑圧と拝金主義への皮肉)、ゲイはゲイらしさ(男の性的なメタファや抑圧)、アフリカ芸術は極彩色と野性の爆発みたいなね。つまりニュートラルに認識や視覚や主体性や西洋絵画の固有の問題を扱えるのは欧米育ちの白人のストレート男性だけなんだよね。映画のアメリカンフィクションでも扱った問題ね。
美術家は狂人でいる必要はまったくなく、継続して物を作り続ける素地がある方がよほど良いわけで、主婦になってもサラリーマンになっても作品を作り続けられる社会がよほどいいものを生むと思ってる。ではなぜ女性のアーティストが少ないか?リンダーノックリンを読めばわかるが、女性アーティストは往々にして女性であることを表現しないといけない立場にあることと、もっと重要なのは女性には芸術は「ほどほどに楽しむ趣味」としてしか許容されなかった社会素地が過去からあったことなどがあげられる。
ある礼儀作法書は「一つの分野で秀でるよりも、いろんなことをそこそこにやれる方が女性にふさわしい」と説き、女性の専門性や集中を否定していた。これは女性が深い集中と技術的熟達を追求することへの抑圧と読み解くができる。
現代においても「家庭との両立」という理想のもと、女性芸術家の表現が副業や内面的な趣味に押し込められる構造として残っている。
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んで黙ってたら一生認知されず「無いもの」として扱われれるのにね
終わってるよほんと
自主的に他人の痛みや不快感を想像するって事が出来ない人間まみれの世の中で、主張しなければただ無為に傷付けられて貶められてくだけなんだよ
言わざるを得ないんだよ
さもなくば「無いもの」とされるから
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薬屋のひとりごとはキモいかキモくないかでいったらめちゃくちゃキモいんだけど、何がキモいかというと(割とこの手のコンテンツに慣れ親しんでる人は麻痺しててようわからんなってるんだろうが)「宦官じゃない」バレするところの誰得ラッキースケベシーンですね
「イケメンに欲情されて、性欲をコントロールしようとして苦しむ姿が見たい」みたいな欲望が女性向けにはよくあるんだけど、それが一番どうしようもない形でお出しされた感じ
あのシーンだけは申し訳ないけど本当に本当に本当にキモい





















