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エレア学派 心の哲学/時間の哲学/独在性 自分の哲学を本にしました。 pdf: https://xitter.cf/t.co/sqCqMsHFa8… kindle: https://xitter.cf/t.co/SulydjqqEj…

心の哲学まとめwiki
Joined January 2013
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『形而上学のエッセンス』を発売しました。公開済み論文の保存用で、たぶん私の最後の本になります。Google playで購入後Google booksに戻ればpdfがダウンロードできます。 books.google.co.jp/books/abo…
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写真を動画にするAIを使うと、写真の人物の印象が全く変わってしまうことが多い。人間の画家なら人物の印象を保ったまま別の角度の絵を書くことが出来るが、AIは「印象」を感じないのでそれができない。AIにはやはり心が無く、心がある人間との違いを強く感じる。
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過去は既になく未来はまだないのだから、人は現在しか経験出来ないというのは素朴な見方である。人の意識は常に動的な「なる」を本質とする。それは現在が過去になり、未来が現在になるということなのだから、人は過去・現在・未来を一挙に経験していると考えるべきだ。
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哲学にも多くの分野があるが、一番重要なのは時間意識の哲学だと思う。これは意識はどれだけ持続するのかという問題であるが、「私」とは何か、時間とは何か、そして死んだらどうなるのかという問題も含んでいるからだ。正直、他の哲学問題は私にはどうでもいい。
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人は感覚で得た情報を直接理解しているのでなく、前意識や無意識というフィルターを通して理解している。だから山路に落ちているロープを蛇だと錯覚することがある。人の意識は複雑な重層構造になっているために、意識内容(クオリア)とは一般に思われているほど単純な存在ではない。
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アインシュタインの名言に「一見して馬鹿げていないアイデアは見込みがない」というものがあるが、これは常識的な思考法では真実に到達できないという示唆である。形而上学問題の真実も全く常識から逸脱した馬鹿げた理論になると思う。
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自分のコピー人間を作ったら? という思考実験がある。過去の自分と数的に同一なのは一人である。しかし現在の自分にとって過去とは記憶のみの存在なのだから、両者が同一の記憶を持っていた場合、過去の自分との数的同一性を問うことには実質的な意味がない。
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確実性とは検証可能性のことである。月が確実に存在するのは第三者からも観測でき、科学的にも検証できるからである。しかし意識内容にはそのような検証可能性が無い。その理由でクオリアは存在しないという極端な唯物論は完全に否定する方法がない。
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夢では現実世界のアイデンティティーを失って自分が別の人物になっていることがある。それは輪廻転生のアナロジーかもしれないと思うが、しかし輪廻が実在するなら動物に転生する可能性もあるので、真理はそんなに単純ではないとも思える。
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語学や数学では平凡な解答が適切とされるが、哲学では平凡な解答は軽蔑されると聞いたことがある。それは哲学の諸問題が未解決だからだろう。哲学ではブレークスルーの可能性がある斬新なアイデアが求められているのだ。
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人は実在世界を知覚を通じて認識している。実在には色も音もないので、知覚が実在を加工しているということである。名画「モナリザ」の実在も加工される前は全く正体不明なものである。美人も芸術も人の心にのみあるのだ。
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心身問題で物質に対する心の優位を認めた場合、輪廻転生の可能性が認められるかもしれない。つまり物質の存在論的地位を縮小するならば、心が物質による拘束から緩和されるために、心の存在論が拡大可能になるということだ。
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ベルクソンの純粋持続は全体論的であり、意識内容の変化をコンマ数秒で記述できる認知科学や神経科学と相性が悪いと思われている。しかし科学とは人の経験のうち数量化できる部分のみを扱うのだから、ベルクソン哲学は基本的に科学と対立していない。
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自分の過去十年を想起すれば幻のように儚く過ぎたと感じるが、それは十年の経験のうち記憶に残っている僅かなもののみを想起しているからだ。実際に十年の経験全てを想起したら随分長く感じるだろう。人生は忘却しつつ進行していく。
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死んだらどうなるか全くわからないのだが、ただ一つ確実なことは現在の記憶を全て失うことだろう。忘却は消滅や死のメタファーでもある。人は昔から忘却が死の本質であることを知っていたのかもしれない。忘れたいことも忘れたくないことも全て忘れてしまうことが死なのだ。
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自己の幅は1秒弱の「見かけの現在」のみという説が有力で信じ難いのだが、しかし仮に人生全体だとしても「この人生のみ」というのもまた信じ難い。「私」とは単なる意識の連続体でなく、宇宙の根源的な何かであるよう感じる。
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もし或る人が事故などで記憶を完全に失ったとしたら、その人の過去は全く無かったに等しいだろう。これは人格の同一性とは別問題で、何が「人生」を構成しているかという問題であり、それは記憶であるという考えである。
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時間と空間が融合した四次元時空をブロック宇宙という一個の実体とみなす説が支配的だ。しかしウィトゲンシュタインは「私」を小宇宙とみなした。彼は正しいと思う。するとその小宇宙は排他的なのでブロック宇宙の唯一性と相克するという問題がある。
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ウィトゲンシュタインは「神秘なのは世界がどのようにあるかではなく、世界があることである」と言ったが、世界がこのようにあることも十分神秘だろう。なお多元宇宙論はそれら二つの神秘を一挙に解消しようとする野心的な理論であるが、成功しているとは思えない。
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映画マトリックスで主人公ネオは赤いピルを飲んで真実の世界に到達した。これは哲学者が真理を探求していることのメタファーにもなる。真理に到達すれば世界が劇的に変わるという予感を哲学者たちは密かに抱いている。
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因果関係は哲学の主要問題であるが、永久主義を前提に生成消滅を含意する因果の実在を否定して、因果とは時空に従って存在する物事たちの関係の法則であると再定義しても、人の世界観が変わるだけで物理学も世界そのものも変わらない。実際物理学は生成や消滅を基礎的概念として使っていない。
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