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長いけど、この議事録を読むと3号の見直しについて何が話し合われてるか掴めるかも
知らなかったのは、独身で生涯働いて自分で年金を納めた女性より、夫の遺族年金を引き継ぐ3号女性の給付額の方が高いということ(70代以上は特に)
それつまり、女性の収入が低すぎるんや…
mhlw.go.jp/stf/newpage_76904…
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【苦悩】83歳母親が“YouTube依存”…「日本滅びる」おかしな発言をするように
スマホを買い与えたことがきっかけで、高齢の母親がYouTubeにのめり込んだという女性。母が占いなどを調べるうちに詐欺めいた占いに傾倒し、「実在しない家族がいる」など、おかしい発言が増えたという。
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有事は「未来を見通せる感覚」を奪い、「何が起きるかわからない不安」に陥らせます。未来を制御しようとするよりも、今日食べるもの、今日会う人、今日やること等、自分が影響を及ぼせる範囲に意識を戻すこと。心を守る第一歩は、世界をコントロールすることではなく、自分の足元を取り戻すことです。
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いまだに、こんなことが起きているのか。
この朝日新聞の記事を読んで驚いた。
京都府木津川市の小学校で、給食費や教材費などの学校徴収金に約5400万円の資金不足が生じ、校長と元事務職員が合わせて約3700万円を私費で補塡していたという。校長個人の負担は約1700万円。しかも市教委は、校長に残額の支払いを求めているという。
もちろん、学校として適切な会計処理や報告を怠ったことは問題だが、この問題はそれだけで済ませていい話ではない。
実は僕自身、目黒区立中学校の副校長時代も、麹町中学校の校長時代も、同じような問題にたびたび苦慮してきた。
日本の公立学校では、給食費や教材費、修学旅行費など、本来保護者が負担する費用を学校が集め、業者に支払うという仕事を長年担ってきた。
ところが、未納の家庭があると、業者への支払いができなくなる。
教育委員会や役所に相談しても、「行政が補塡する仕組みはない」と断られることがほとんどだった。
結局、校長が一時的に自腹で立て替えて業者への支払いを済ませ、そのうえで校長、副校長、教頭、事務職員などが未納の家庭に督促を続けることになる。
僕自身、督促のために家庭訪問をしたこともある。
もちろん、本当に経済的に困っている家庭もある。生活保護や就学援助などの制度もあるが、それだけでは対応しきれない事情もある。
一方で、支払う能力があるにもかかわらず、なかなか支払いに応じてくれない保護者もいる。
中には、そもそも払う気など毛頭ないのではないかと思えるような保護者に出会うこともある。
こうした問題を学校現場だけで解決しようとすること自体に、そもそも無理がある。
麹町中学校の校長時代、僕も何度となく区と相談を重ねた。しかし、6年間で仕組みを変えることはできなかった。
一方で、すでに仕組みを変えた自治体もある。
例えば東京都町田市では、2023年度から、教材費などを学校ではなく市が集金・管理する「公会計化」を始めている。学校に教材選定の裁量を残したまま公会計化したのは、全国で初めてだという。
国も動いている。文部科学省は2025年4月の通知で、教材費や修学旅行費などの学校徴収金の徴収・管理は「基本的に学校以外が担うべき業務」だとして、自治体に公会計化などを進めるよう求めている。
やればできるのだ。
そして、もう一つ考えなければならないことがある。
そもそも日本の義務教育は、本当に無償と言えるのだろうか。
授業料や教科書は無償だが、副教材や問題集、体操着、運動靴、制服、指定鞄、遠足や修学旅行など、保護者が負担する費用は実に多い。
欧米にも国や地域による違いはあるが、日本の義務教育では、家庭が負担する費用があまりにも当たり前になっている。
しかも、学校が必要だと判断する教材や用品が増えれば、それだけ家庭の負担も増えていく。
本当にすべて必要なのだろうか。
必要のないものは買わない。学校で購入したものを繰り返し貸し出す。教材や用品を共有する。
そんな工夫も、もっとできるはずだ。
今回の問題を、校長や事務職員の責任だけで終わらせてはいけないと思う。
人の責任を問うだけでは、同じ問題は繰り返される。変えなければならないのは、こうした問題を生み出している仕組みそのものだ。
学校は何のためにあるのか。
教員や学校管理職が本来の仕事に集中できるようにするためにも、学校徴収金のあり方、そして保護者負担のあり方を、根本から見直す必要があると思う。
【記事】小学校で給食費などの督促怠り5400万円不足 校長ら私費で補てん:朝日新聞 asahi.com/articles/ASVC244FY…
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ありがたみを感じてもらうために納税をやめたいわね。
「ありがたみを感じてもらうために補助を減らす」って、高市首相は王様なのかしらね。
補助金の元手は、私たちが納めた税金ですよね。政府が自分のポケットから出してくれるわけじゃなくて、預かって、急な原油高で負担が重くならないように使っているだけなんです。
「気づいていない人が多いから、減らして実感させよう」というのは、国民を主体として扱うのではなく、上から「ありがたみ」を分からせてやる対象として見ているように聞こえます。
主権者は国民で、首相や官邸は国民の信託を受けて仕事をする側ですよね。
財政の観点から見直す判断自体は議論の余地があるとしても、「ありがたみを感じてもらう」ことを狙いの一つに据えるのは、民主主義じゃない。
日米首脳会談で「私のリーダーシップのおかげ」という自画自賛とも重なりますが、政策の成果や負担を個人の恩や手柄の話にすり替える思考が、ここにも表れているように感じます。
税金の使い方を、そんなふうに説明されていいのでしょうか。
#首相は王様じゃない
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「性別の指摘=性暴力」と拡大解釈するなら逆に問いたい。
生物学的男性が女性を名乗り、女性の空間・文化に侵入・消費する行為こそ性暴力ではないのか。
女性領域は女性のための防壁だ。
個人の自認を優先し、女性に譲歩を強いることは許されない。
心理的被害と身体的・性的境界の侵害を混同するな。
「アウティングは性暴力」 芥川賞作家・李琴峰さんを襲う屈辱感 甲府市議の不法行為を司法が認めても…
tokyo-np.co.jp/article/52481…
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「移植を望む患者の母親が子宮の提供を暗に強制されたりするなど、社会的な圧力がかかる恐れがある」
って、日本子宮移植研究会理事長
の菅沼信彦京都大教授が言ってるけど
これってTwitterの子宮移植反対派の人たちが言ってることとほぼ同じな気がするけど……
yomiuri.co.jp/yomidr/article…
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僕は子宮移植には明確に反対です。
健康な人の体にメスを入れるにはよほどの理由が必要。生死に関わる臓器の移植ならまだ理解可能だけど、子宮移植は生死にはなんら関わらないので、「子供を産みたい」は理由にならないと思いますよ。
実施しようとする医学者の功名心も疑われる
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いま、まだポピュラーといえる腎移植の現場ってどうなんだろう?
私の腎臓はあげたくない!という権利はもちろん丁寧に保障されているのだろうが、頭では分かっていても心は割り切れないものだから…移植拒否の結果血族が早く死に、親戚中から(表立ってではなくとも)「もう少し生きられたかもしれないのに、ねぇ」みたいな目を向けられることってあんのかな
あるいは本人同士「拒否するなんて、死んでもコイツには遺産を残さない」「親なのに酷い!もう将来も介護はしないことにするから」とかさ
例えば母に私の腎臓が適合、妹は不適合で、私が拒否して母が死んだら、妹は納得しなさそう
葬儀の場で「ごめんね、私が適合だったら絶対あげたのに…!」とか泣かれたらいたたまれない
嫌でもやるしか無いと思っちゃう
拒否権は「拒否できる権利」なだけで、「そのあともつつがなく生きていける」こととは全く別だから、合意の瞬間の【点】だけで見るのは近眼的すぎるよ
だから子宮の移植が選択肢にあるのに、それを拒否したい母親は、拒否しない母親と比較して、相対的に親心が劣ると評価されるのでは?そうなった時に、愛や親心が劣ると思われたく無い一心で、本当はやりたく無い移植に踏み切るしか無い人がいるのでは…と、どうしても思ってしまうな
何か素晴らしいことが起きる時、そうで無いことをフラットなものではなく「相対的に劣る」と判断してしまうバグが人間にはある気がする
例えば結婚すること子供が産まれることが「素晴らしいこと」でも別にいいんだけど、
結婚しないこと産まれないことが、ただ0地点なだけなのに「相対的に劣る、マイナスなこと」みたいにされてるし
今回も再生産に絡んでくる話なので、未婚未産と同じように扱われ、社会の維持に積極的でない「不適切な態度」として、余計になんか言われる気がする
この制度を安全に運用できるほど、日本社会が成熟して無いと考える人が多いからこんな議論になっているのでは?
正直私も信じるに足りないと思ってる
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2020年以降の教育改革は「主体性」「探究」「個別最適」を掲げてきましたが、結果として起きているのは「やれる子だけが伸び、やれない子は放置される」構造です。善意で始めた施策が、基礎の定着を軽視したまま「コミットしない子は自己責任」という形にすり替わっている。
タブレット貸与は象徴的です。GIGAスクールで1人1台を配ったものの、授業での有効活用は学校・教師によって差が大きく、単なる「おもちゃ」や動画視聴・ゲームに使われているケースも少なくない。端末があることと、思考力や知識が定着することは別問題です。道具を渡しただけで「主体的に学べ」と言われても、基礎が弱い子ほど迷子になります。
英語の難化も深刻です。小学校での英語教科化+中学校での語彙数大幅増加(旧課程の約1.5倍)で、中1の段階から二極化が顕著になっています。小学で十分に定着していない子が中学に上がった瞬間についていけなくなり、「英語嫌い」が量産されている。平均点も下がっており、調査でも「ふたこぶ分布」が各地で報告されています。難しくした分だけ、家庭で先取りできる層とそうでない層の格差が広がっただけです。
「主体性に任せる」「探究重視」も同様です。指導書で「生徒から気づきを!」と書かれていても、知識や手順がなければ気づくこと自体が不可能な内容が少なくない。結果、教師が「教えない」ことが正当化され、コミットしない子はただ放置される。宿題や定期テストを減らす動きも、やらない子を放置しやすくする効果があります。成績公表を控えたり、評価を曖昧にしたりするのも、「できない」ことを見えにくくする方向に働いています。
さらに高校進学が定員割れでほぼノーパスになったことで、中学段階での学習意欲の低下に拍車がかかっている。進学のハードルが下がった分、「やらなくても大丈夫」という空気が強まりやすい。
要するに、基礎をしっかり教えることを「古い」「主体性がない」と軽視し、自己調整や探究に丸投げした結果、家庭の教育力・文化資本がある子だけが勝ち残る構造になっています。これは「ネオゆとり」とも言われますが、実際は「見捨て」の側面が強い。
主体性や探究は大事ですが、それはある程度の知識・技能・習慣が積み上がった上で機能するものです。土台を固めずに「自分で考えろ」と言うのは、指導放棄に近い。現場で苦しんでいる教師・生徒・保護者の声は、もっと真剣に聞くべきだと思います。
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お湯ではなく「入浴剤の粉」で3歳児がやけど。
スプーン1杯の粉が足にかかり、水ぶくれ(Ⅱ度熱傷)に。
成分の「無水」硫酸マグネシウムが、濡れた肌で溶けて発熱したとみられます。
一般的なエプソムソルト(水和物)は溶けても熱くなりません。
幼い子がいる家庭は「無水」の製品を避けましょう🙏
































