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これ解釈が見事に二極化してて興味深いけど、やはり私もこれは「食えるかどうか確認しに来た」が妥当な気がする😅 イソヒヨドリは路上の昆虫類や爬虫類は日常的に拾って食べていると思うし、さらにはツバメの巣内雛を捕食するような話が割とあることからも。→
1960年代の少女漫画は、アメリカの高校生活などを扱ったものが結構多かった。若い女性作家が、意識的に生活様式などを勉強して描いていたのだろうと思う。
その後、日本の少女たちは、相対的にアメリカの日常生活への関心を失った。
「アメリカが舞台の日常漫画がない理由」
とかぼんやり考えてたんだけど、緒方さんご指摘の「日本生まれ日本育ちの作家は、日本人の日常しか分からんから日本の読者のために日本人あるある(日常)を描く」というのが揺るぎない正解だとして。
そのうえで、「アメリカからアメリカが舞台の日常漫画は出てこないのか?」というと、まあ、ないではないんじゃないかなと思わないではない。スヌーピーみたいなのとか。サウスパークとか。でもあれは、「日常」かと言われると悩ましいw
で。
日常漫画が成り立つ要件ってなんじゃろ?
というところに立ち返ってみると、
・作者と読者が共有している「日常(または実情と憧れ)の成立要件」に重複が多い
・不特定多数の読者と作者が、地域と世代を超えて概ね共通した体験をしている(ドリルとか期末試験とか部活とか夏休みとか文化祭とか駄菓子屋とか公園でゲームとか、経験が似ていて読者が自分の過去の記憶を取り出せるトリガーも似ている)
・文化的なタブーが少ないか、致命的ではない
・作者が「一人で全て描ける」か、「内容についての決定権を個人が持っている」
・「日常」を観察している人が「自らの体験を漫画として描く」ことそのものが差別・侮蔑・政治的配慮の対象にならない
・自分と異なる日常を体験した作者(の経験や記憶)に対して、「発表そのものを拒む」ような、強い忌避感と強制力が働かない(平たく言うとそれがどんなものであっても表現の自由が損なわれない。作者の評価を決めるのは作品だけで、作品の評価を決めるのは読者の購読数(売り上げ)だけ)
と分解していくと、つまるところ、
・ごく小さな規模の作家が自身の作品を掌握できるのが当たり前の執筆環境
・不特定多数の読者が似通った「共感できる」経験をしていて、読者が平均化されている(皆知っている共通の行事や出来事がある)
・不特定多数の読者と作者が経験や価値観を共有できている
・不特定多数の読者が作品(作者の発表した内容)を【購読(≒金を出して購入し、評価を数値化)している】(日常物が成立しない条件を考えると、それが商品として売れる実績が乏しいから、とも言える)
ここらへんが満たされる必要がある。
とりあえず「アメリカの日常物」については、日本人の漫画家の多くは普通はアメリカの日常をそんなには知らない。
オノナツメなんかはアメリカの日常風景を切り出した作品を結構出してるんだけど、それがアメリカの日常として正しいかどうかは日本人には分からない(でも、アメリカン現代ドラマの描く情景は反映されてた)。
結局は「歴史モノ」と「日常モノ」を真に自らの(国や民族の)記録として出していきたいなら、その環境に身を置いてる人自身が描かなきゃ、ってなる。「現代人が当事者になれない歴史モノ」に関しては、資料掘り下げ大好きな日本人は繰り返し他国の歴史であっても描こうとしている。
「ヴィンランド・サガ」「天幕のジャードゥーガル」は特殊な事例ではないし。
現代の外国人が「自分だけが知っている今」を自分達の手で描けば、それは他の国の人、アジア人なんかも興味を惹かれれば買うんじゃないかと思うんだけど、それらが「売れる」という実績がなければ、ムーブメントとしては立ち消えになる。
結局、「海賊版で読むな。本でも電子でもいいけど、作者に還元されるようにちゃんと金出して買え」という読者が十分に育ってない(そういう書籍流通や電子書籍配信などのマネタイズが整備されてない)社会、国では、やはり「日常物」に限らずフィクション作品、特に「ビッグヒットにはたぶんならないニッチ作品(日常物って例外を除けばだいたいニッチ)」を製品化はしにくく、つまり描かれない、ってことなんじゃないか、といういつもの結論になった。
アメリカ以外、例えばロシアでもフランスでも南米でもその他の様々な地域についても同じことで、
「小規模の作家(企業に属さない)が自由に描いて発表しても安全であること(表現の自由)」
「読者と作者が共通の体験を共有していること(通底する価値観の幅広さ、異なる価値観や他人の経験を許す度量)」
「小規模な作品のマネタイズの仕組みが機能していて、海賊版消費より正規購読者の影響力が強いこと(成果物が収益を生む仕組みの成立)」
「読者の識字能力、読書習慣」
ここらへんがないと、何にせよ「読みたい漫画を許す環境」が育ってこない。
課題はそこらへんかなあ、とか思ったけどどうなんでしょうな。
現在の #豊臣兄弟 は、それなりに配色にポリシーを感じるので、一概に過去作のほうが良かったとは言えないが、予算という面では数十年前にくらべて厳しくなっているのは事実で、衣装の使い回しもやりすぎると興覚め。
Wait until the train reaches shin-Yokohama or you'll have to get up in the middle of your meal for someone who gets on there for the window seat.
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Replying to @CHIEFoundation
オトウサン、下関デノ乗換ヘガ、ヌケテイマス。
以下昭和15年の時刻表から
19 日 東京発 13:30(さくら)
20 日 下関着 8:00
下関発 8:15(鉄道省汽船)門司着8:30
門司発 12:00(大阪商船)
22日 大連着 9:00
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海外の先進国でも、子宮移植が一般化していないのには理由がある。極めて大きな手術リスク、深刻な合併症の可能性、代替手段、そして莫大な費用という高いハードルだ。
海外では養子縁組の制度が整っているほか、日本でかつて倫理的論争を巻き起こした「実母が娘に代わって出産する」といった代理出産を認めている国もあるなど、制度や社会的背景が日本とは異なる。
一方、日本には「誰が産んだか」への強いこだわりや、出産の苦しみを経験することを美徳とする風潮、根強い母性神話がある。「自分のお腹で産みたい」という願いが、ほかの国とは異なる形で強く存在するのかもしれない。
しかし、その願いを実現するためのハードルは極めて高い。
生体ドナーから子宮を提供してもらう場合、移植後の血流を確保するため、子宮だけでなく周囲の細く複雑な血管まで広範囲に剥離して摘出する必要があり、健康な親族に6〜12時間にも及ぶ高度な手術と、合併症のリスクを負わせることになる。
移植を受ける女性も、拒絶反応を抑える免疫抑制剤を使用しながら、子宮移植、帝王切開、出産後の子宮摘出という計3回の大きな手術を受けなければならない。さらに、保険適用外で2,000万〜3,000万円以上ともいわれる費用も大きな壁となる。
そして、もう一つ考えなければならないのが、女性の臓器をどれほど大切に扱ってきたのか、という問題だ。
日本ではかつて、子宮筋腫など、本来子宮を温存できる場合でも子宮を摘出することが少なくなかった。その背景には、子宮を「赤ちゃんを育てるための器」と捉え、もう子どもを産まないなら取ってしまえばよい、という発想もあった。
以前、そうした考えを示した高齢の男性医師に、私はこう聞いてみたことがある。
「では、先生ももう子どもをつくらないのだから、生殖器を摘出されてもいいんですか?」
すると、答えは「それは絶対ダメだ」。
自分の身体に置き換えた途端、初めて臓器を失うことの意味に気づく。子宮は、出産のためだけに存在するものではない。女性自身の身体の一部であり、その女性自身に決定する権利がある。
歴史を振り返れば、本人の意思に反して子宮を摘出されてきた女性たちが数えきれないほどいる。
今回の子宮移植でも、親族だから、娘のためだから、家族の願いだからという理由で、本当は望んでいない女性が周囲の期待や圧力に屈してドナーになるようなことがあってはならない。
臓器提供をめぐっては、病気になる人には男性が多い一方、家族を支え、臓器を提供する側には女性、特に妻が多いというジェンダーの偏りも指摘されている。ドナーに女性、レシピエントに男性が多いという逆転現象だ。
誰かの願いをかなえるために、別の女性が自分の身体を差し出すことが当然視されてはならない。
だからこそ、子宮移植には慎重な議論が必要だと思う。
子宮ない女性のための子宮移植 臨床研究計画を申請 藤田医科大 asahi.com/articles/ASVBX1V7M…
子宮がない女性の出産を可能にするための子宮移植について、藤田医科大学のチームは28日、国が認定した学内の審査委員会に臨床研究の計画を申請したと発表した。申請は26日付。
ナガコムシとしては「世界最大」だそうで。
ドデカスは表向き「毛が12本」だから
本当はどでかいから
kyoto-u.ac.jp/ja/research-ne…
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長秀ってまぎらわしいよなあと思っていたけど本当にまぎらわしかった……?
「丹羽長秀の書状」実は豊臣秀長のものだった…再調査で花押など確認、仲裁役としての活躍裏付け
news.infoseek.co.jp/article/…
"登録に合わせて再調査したところ、書状が書かれた1583年は秀長が羽柴長秀と名乗っていた時期で、秀長の官職名「美濃守」の記載があり、花押も秀長のものと判明"



























