
Yuu Matsuura (they/them)|二次元性愛研究など|ブログ:https://xitter.cf/t.co/euR9OofVAQ|著書『アセクシュアル アロマンティック入門』|寄稿『アニメと場所の社会学』『フェミニスト現象学』等|Fictosexual Perspective:@FictPerspective
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ALT エンコーディング/デコーディング論の脱-人間中心化――物質的な誤配のメディア理論 松浦優 【抄録】 メディア表現の「コード」を解釈する内容分析的アプローチや、オーディエンスの能動的解釈実践に注目するアプローチは、記号にともなう物質性やモノのエイジェンシーが関与する変容を見落としてきた。これに対して本稿は、人間による能動的な解釈実践には還元できないタイプの、非‐人間の物質性が関与する攪乱をオーディエンス研究の理論に組み込む。 ホール的な能動的(アクティブ)オーディエンス論は、とくにジェンダーやセクシュアリティの領域において、バトラーのパフォーマティヴィティ論と紐づけられてきた。これと対比する仕方で、本稿ではエンコーディング/デコーディング論の源流であるシャノンの情報通信理論を、デリダおよび東浩紀の誤配論と結びつける。これによって、物質的な「ノイズ」が関与する攪乱を「誤配」として扱う。誤配はバトラー的な「引用可能性」では説明できない内部作用である。 誤配がもたらす政治的攪乱の事例として、二次元の存在に対する性的欲望が対人性愛とは異なるものとして成立しているという現象が挙げられる。本稿では、二次元キャラクターへの欲望を「薬物依存者の行動原理に近い」ものとみなす東浩紀の議論を批判的に検討し、ベッカーのマリファナ使用者研究と北田暁大の非‐意味論的メディアリテラシー論をもとに、コンテンツともつれ合いながら生成する「薬物依存的(アディクティブ)オーディエンス」の政治的可能性を示す。 「コード」の解釈やオーディエンスの解釈実践に注目するアプローチでは、方法論上不可避的に、同じコードであってもそのコードを実体化する物質的要件が変わることによって効果が変わるという現象を捉え損ねてしまう。また物質的なものが人間の行為を制約するという側面だけでなく、人間の意味づけや社会的文化的条件によってモノのエイジェンシーが制約されるという側面も見落としてはならない。本稿はこのような方法論的示唆をもたらすものでもある。






















