4話以降はTVer配信期限があるので、興味がある人は今のうちに3話まで追いついてくださーい🦝
永谷町で、タヌキとタヌキが化かし合う話です(たぶん)
#ポリティカルパン
#全話TVer配信中
池沢理美 retweeted
◾️ちばてつやと、父と、あしたのジョー
ちばてつやの訃報に、ちゃんと向き合えずにいたのは、自分の心の容量が足りなくなっていたからかもしれない。
訃報の報道から1日が経ち、やはりその喪失感を無視することができず、追悼文のようなものを書くことにした。
小さい頃から漫画好きで、小学生の頃の将来の夢は漫画家だった。一番好きな漫画は、作画・ちばてつや、原作・高森朝雄(梶原一騎)による『あしたのジョー』だった。
少年マガジンに連載中だった小学2年生の頃から読み始めた(すでにライバルの力石徹は亡くなっていて、ストーリーは後半に入っていた)。最終回が掲載された少年マガジンも購入して、リアルタイムで読んだ。単行本全20巻は、小学生時代の自分にとってバイブルのような存在になった。
『あしたのジョー』は、物語のおもしろさや娯楽性だけでなく、人間の内面や存在、世界の見え方、言葉や表現そのものを深く掘り下げて伝えてくれる、自分にとって初めての作品だったと思う。『あしたのジョー』を通じて世界の見え方が変わったし、矢吹ジョーという存在を通して、アウトローへの憧れにも目覚めた気がする。
『あしたのジョー』の最終回で、矢吹ジョーが真っ白に燃え尽きるというアイデアが、原作の梶原一騎ではなく、作画のちばてつやによるものだったと知ったのは、大人になってからだった。
ジョーに淡い思いを寄せる乾物屋の娘・紀子とのデートシーンは、全20巻を通して、自分が最も印象に残っている場面の一つ。それも梶原の原作にはなく、ちばてつやによる創作だったと知って、腑に落ちた気がした。
力石戦以降、ジョーがドサ回りを始めるあたりからの画風とストーリーが特に好きで、詩を読むように何度も読み返した。展開を追うためというより、絵や表情、場面の空気、そこに流れている時間、哀愁、色気をもう一度味わうために読み返していたんだと思う。
ツアーで地方を回っていると、あのドサ回りの情景と哀愁が重なるように感じることがある。
全20巻の中で、最も語りたくなる試合を挙げるとしたら、力石の死のトラウマから完全に脱却するきっかけとなった金竜飛戦になると思う。酒の席で酔って、金竜飛戦のことを熱弁し、周りを引かせたのは、一度や二度ではなかった。金竜飛戦についても、いつか掘り下げて書ければと思う。
今思えば、『あしたのジョー』は自分にとって最初の純文学だったのかもしれない。勝敗や成功という単純な尺度を外して、人間の生き方を感じさせてくれた、自分の内面に深く刻まれた作品だった。
そして、『あしたのジョー』以上に思い入れのある純文学も漫画も、今もって存在しない。
『あしたのジョー』以外にも、多くのちばてつや作品を読んできたけれど、印象深いシーンを挙げるとしたら、短編作品『蛍三七子』の中の、三七子と浩のキスシーンは外せない。
自分は、ちばてつやの「間」を生かした「色気」や「哀愁」「切なさ」に惹かれていたのだと、あらためて思う。
『あしたのジョー』は、ボクシング好きの父親のお気に入りの漫画でもあった。
父は、自分がプロレスと巨人を好きだったことを嫌っていたけれど(正確には、王選手と長嶋選手が好きだった)、『あしたのジョー』は二人に共通する価値観であり、自分と父をつないでくれる存在だった。
今日は父の命日なので、この文章を綴りながら、父のことも思い出せてよかった。
書き進むほどにいろんなことが思い出されて、まとめきれない。ちばてつやは、自分を形作ってくれた一人なんだと思う。
ありがとうございました。
心より哀悼の意を表します。
安らかに。
※ブログ「気まぐれダイアリー」からの転載です
rikuonet.blogspot.com/2026/1…
#ちばてつや #あしたのジョー
池沢理美 retweeted
きょうのスポニチ1面。これ以上はない👏。〝まっ白なジョー〟。
#ちばてつや
#鳥取県民ジャーナル
【漫画家のちばてつやさんが死去。「まんが王国とっとり」の建国に力】|鳥取県民ジャーナル tottorijournal.com/news/%e6%…
池沢理美 retweeted
ちばてつや先生が「凍りの掌」に帯コメントくださったのが2012年。その後講談社から新装版が出た時も帯コメントいただきました。今日訃報が出た後、追悼コメントを聞かれましたが「漫画界の良心です」と答えました。心の大きい素晴らしい方でした。本当にありがとうございました
池沢理美 retweeted
ちばてつや先生、
憧れの漫画家という存在であっただけでなく、後続の漫画家さんたちへの想いも強く、常に漫画界全体を見渡していてくれた素晴らしい人でした。
旧尾崎テオドラ邸の保存にもご協力くださって、それがついこの間の事だったので、それは身体的に大変だっただろうなと思うのですが、何か常に使命感を持って行動しているような気がしました。
本当にありがとうございました。
謹んでご冥福をお祈り致します。
池沢理美 retweeted
ちばてつやさんが…。
子供の頃から作品を読んできた人だった。人に対して優しい視線を持った人だった。最後にお会いしたのは、手塚賞の授賞式か。ちょっと足元が怪しかったけど、受け答えはしっかりしてた。残念だ。長年お疲れ様でした。ゆっくりおやすみください。
bigcomicbros.net/92374/
池沢理美 retweeted
ちばプロのアシスタント生活を描いた
川三番地先生の「あしたのジョーに憧れて」も必読。
link.amazon/B02iMUj6q
めっちゃ内容濃い漫画。ギトギトだ。全3巻。
「背景がおとなしいな」「誇張が足らんのじゃな。」
プロってすごいね。
池沢理美 retweeted
22歳の頃、すでに連載は三度打ち切りとなっていた。
担当編集者は「ラストチャンスだぞ」と励ましてくれて、そのつもりでネームを書き連載会議に提出し続けて一年ほどが経った。
その日会議の結果を待ち廊下に面した曇りガラスの向こうで過ごしていると会議終わりの編集者がぞろぞろと歩いてくる。
「森川ジョージという名前を見るだけで読む気なくなるよ」とハッキリと聞こえてきた。
残念そうにネームを返却する担当と会話を交わすことなくそのまま講談社別館に行き60ページを頭から書き直した。
先ほどの声が耳から離れない。
三度失敗したらそういう評価は当然だろうと思う。
ラストチャンスと奮い立たせてきたもののそれはもう使い果たしていたことを痛感した。
悔しさよりも悲しさが上回った。
憧れのあの人のいる雑誌から離れるという選択肢を迫られていることが悲しかった。
あの人の隣に並びたいのに自分にはあまりにも力が足りなかった。
もう記憶が曖昧だがおそらくこの時僕は泣いていた。
描いても描いても受け入れてもらえずついには会議でネームすら無視される。
連載を続けたかった。
漫画が上手くなりたかった。
でもあまりにも力が足りない。
どうしていいかわからない。
ずっと頭の中であの人に問いかけていた。
『漫画上手いって一体どんな気持ちですか?』
『漫画上手いって…』
答えてくれる人はいないけれどずっと問いかけた。
もはや考えているのはネームではなくそれだけ。
考えられないからそれをそのまま書いた。
『強いって一体どんな気持ちですか?』
もう何も出てこない。
これでダメなら漫画家をやめよう。
そう決心してネームを再提出した。
そして連載が決定した。
「はじめの一歩」はあの人へ問いかけで始まって、今も問いかけながら続けている。
いつか実際に聞いてみたかったが少し仲良くなってしまって照れくさくて口に出せなかった。
機会はたくさんあったのに。
はじめの一歩は僕の漫画家としての第一歩であり、あの人との悠久の会話の始まりだった。
もう答えてくれる人はいないけれど、これからもずっと問いかけていく。
『ちばさん、漫画上手いって一体どんな気持ちですか?』
ありがとうございました。
池沢理美 retweeted
「あしたのジョー」で、全漫画家が憧れる究極の最終回を描きあげたちばてつや先生。それは作家にとって栄誉であると同時に重い荷物になるものなのに、その後に「のたり松太郎」や「おれは鉄平」で、緊張した人生を笑い飛ばすような柔らかい生き方を描いた。『真っ白な灰の向こう側』を見せてくれた。
そして晩年の「ひねもすのたり日記」では、満州から引き揚げた家族の物語を、さらに明るく深く。不条理や苦難を知っているからこそ、それを乗り越えた先に豊かな生き方もあるよと漫画で突きつけた。
8歳からずっと憧れ続けていたけれど、こんなすごいものを描く人だから何でもお見通しなんだと怖くて、ずっと近寄れなかった。お話しできるようになってからおよそ20年、優しいお人柄の中に鋭さの片鱗も見せていただいた。宝物の思い出を、先生ありがとうございます。
謹んでご冥福をお祈りいたします。











































