Pinned Tweet
能登に来て1年8カ月になりました。
取材ノートはいま38冊目。これまでの新聞記事で書ききれなかった「行間」も含めて、能登の本を出版します。
『能登半島地震 あのとき見た星空の下で』
朝日新聞出版社から12/5発売です。
お手にとっていただけましたら、幸いです。
amzn.asia/d/2Hd5b3R
きょうは文化の日。
能登からは、「ごいた」の話題を。
能登半島の港町で150年ほど前から漁師たちが興じてきたという伝統娯楽ごいたは、いまや全国にファンのいるボードゲーム。
アイデア満載の普及活動も盛んな大阪は、愛好者層の厚いところです。
お仕事の昼休みに、自作の点字つきごいたで仲間たちと楽しんでいるという大阪の女性が先日、発祥の地・能登町宇出津を訪問。
これまで工夫を重ねてつくりあげたルールで、地元の方たちと対戦しました。
(11月4日 18:07まで全文お読みいただけます)
「ごいた」発祥地訪ねた全盲の女性 見えても見えなくても「一緒に」:朝日新聞
digital.asahi.com/articles/A…
珠洲市でも、能登半島地震後の児童生徒数の減少を受け、小中学校が再編されることになりました。
現在の11校(小学校7校、中学校2校、小中一貫の義務教育学校2校)を4校に再編します。
昨夜、PTA会長や市内10地区の区長会長らによる「魅力ある教育環境のあり方検討委員会」が方向性を了承。
市長はこの方針を尊重する意向です。
被災地の学校11校→4校 子ども減の珠洲、新校舎「復興の希望」に:朝日新聞 asahi.com/articles/ASVBY120R… #能登半島地震
子どもたちがデジタル技術に触れながら学んだり遊んだりできる居場所が、輪島市門前町と珠洲市飯田町にできています。
サウジアラビアの石油会社アラムコの日本法人が被災地支援として資金提供。
「門前テックハブ」は禅の里交流館2階から今月、隣接する仮設商店街の空きスペースに移転し、子どもたちがより気軽に入れるようになりました。
デジタル技術、遊んで学んで 能登の子らへ2カ所「テックハブ」開設:朝日新聞 asahi.com/articles/ASVBS3SH2…
いまのわたしの上司、金沢総局の福角デスクは高校時代、星稜高校野球部で松井秀喜さんの同級生でした。
かつて、松井さんに「長嶋さんもプロ野球ファンも待っているのでは」と問いかけたことがあるそうです。
いまだから明かせるやりとりを、記事で紹介しています。
松井秀喜さん、なぜ今なのか 星稜の同級生記者に返してきた言葉は:朝日新聞 asahi.com/articles/ASVBQ5GYV… #読売ジャイアンツ
DeNAが2位指名 日本航空石川の保西雅則選手「高評価うれしい」:朝日新聞
asahi.com/articles/ASVBQ3FLS… #横浜DeNAベイスターズ
「球団に評価していただいている野手で、精いっぱい頑張りたい」
保西雅則選手は輪島市の日本航空高校石川で仲間たちに胴上げされ、意気込みを語りました。
「まちが明るくなるプレーをしたい」
昨夜のプロ野球ドラフト会議で、ロッテから1位指名を受けた米沢友翔選手は珠洲市出身。
帰省中におきた能登半島地震の後は、両親に背中を押されて関大に戻り、地元に恩返ししたい思いでプレーを続けたそうです。
白球追った場所には仮設住宅 ロッテ1位指名の関大・米沢が抱く決意:朝日新聞 asahi.com/articles/ASVBP3HH0…
半年ほど前、地域の魅力を詰め込んだ「ツアー」を考えた小学生たちを取材した際にきいた、
「能登をかわいそうな場所じゃなくて、魅力いっぱいだと知ってほしい」
という言葉が、心に引っかかっていました。
もちろん、まだまだ大変なことはたくさんあるし、
子どもたちが簡単には見せない傷もあると思います。
一方で、被災後の生活が日常となったいま、子どもたちの歩みは、勝手な想像よりずっと軽やかでたくましくもあります。
能登町の松波中学校の2年生は、かつてあった「恋路」駅にちなんで12種類の恋のメッセージを刻んだキーホルダーを制作。
イカの駅つくモールや恋路アルバカレーなどで販売し、売り上げは町の復興にあててもらう計画です。
(10月18日 17:34まで全文お読みいただけます)
まちに恋して来てほしい 514枚の「切符」に願う、能登の中学生ら:朝日新聞
digital.asahi.com/articles/A…
取材することばかりで、取材されることはなかったのですが…
能登駐在記者としていま考えていることについて、ジャーナリストの青木理さんのインタビューを受けました。
スタジオジブリの出版部が発行している小冊子「熱風」の2026年10月号に20ページにわたり掲載していただきました。
希望して能登に来たこと、
被災地を取材するということの暴力性について、
自分の体を通して心の震えを伝えるということ、
事実をツルンとわかりやすくするのではなく、ザラザラしたものはザラザラ手触りがあるままに伝えたいこと…
質問に対して考えながら答えることで、自分の中にあってもきちんと言語化していなかったことを発見するような作業でした。
小冊子「熱風」は販売はされていませんが、全国の大きな書店に置かれていて、在庫があればいただけるようです。
ghibli.jp/shuppan/np/
#能登半島地震
能登で運転していると、道路標識やカーブミラーがあっちでもモコモコ、こっちでもフサフサ。
緑色の草に覆われて"グリーンモンスター"になっています。
応急復旧のために並べられたトンバックと呼ばれる大型土囊の隙間からもいつのまにか背の高い草が生えていて、時間の流れを感じるなぁと思っていたけれど、取り除くのは大変。
以前、取材でお世話になった山あいの集落でお祭り前の草刈りがあるというのでカマ1本持って行ってみました。
グリーンモンスターの正体は、地元の方は「グズ」「グズフジ」と呼んでいる葛(おそらく)。標柱やガードレール代わりのロープ、ほかの木にもぐるぐる巻き付いていました。
どれだけ役に立てたのかは怪しいけれど、終了後、採れたての野菜をこんなにいただいてしまいました。
巨大ピーマン、じゃがいも、キュウリ、みかん、白ナス…
仮設住宅から通って育てていらっしゃる野菜。大切にいただきます。
海岸でお気に入りの石を探す
森の中で大きな木に抱きついてみる
ときには地域の人に竹細工や魚のさばき方を教わることも…
毎月2回、珠洲市大谷で開かれる「まんまハウス」は、親子どっちも癒やされることを目指した、そんな居場所。
子どもの数が極端に少ない地域でも、この土地ならではの楽しみ方を発掘し続けるいとなみが続いています。
運営する中心メンバーの一人、日比美友さんは三重県から能登半島地震・豪雨を機に移り住んだ26歳の保育士。
お話をききました。
(10月11日 8:22まで全文お読みいただけます)
digital.asahi.com/articles/A…
#能登半島地震 #外浦の未来をつくる会
能登半島地震や豪雨を機に、ふるさとを離れざるをえなかったり、離れることを選んだ方たちが「心苦しい」と口にされるのを耳にすると、絶対にそんなことはないのに…と、心がぎゅっと締め付けられる気がします。
そんな出発点から、広域避難された方たちの支援の取材を始めたところ、「支援される側」「支援する側」という枠を越えて進化し続けていることを教わりました。
「地域の包摂性、受容性が上がっていくことがすごく重要。いま生きている地域の中で、一人ひとりが自分らしさや役割を取り戻していく過程は、能登に限らず、これからの地域づくりにつながるはず」
今回、記事で取り上げた以外にも様々な方たちによる模索は続いています。それぞれの活動のヒントになればいいなと思いながら書きました。
10月9日 8:18まで全文お読みいただけます
digital.asahi.com/articles/A…
輪島から北に約50kmの沖に浮かぶ舳倉島への定期船「希海(のぞみ)」が10月から一般客の乗船も再開。
これまでは、島の復旧状況をふまえて住民と復旧事業者に限っていました。
取材で昨年と今年に1度ずつ訪れたとき、いつか取材ではなくゆっくり遊びに来たいなと思った豊かな島。
まだまだ復旧半ばですが、うれしいニュースです。
舳倉島とつながる定期船、一般客の乗船を再開へ 能登半島地震で中断:朝日新聞 asahi.com/articles/ASV9Y2FW7… #能登半島地震
能登半島の先端、珠洲市狼煙町の方たちが始めた「海業」、挑戦が続いています。
とにかくアイデアを出して様々なことを試し、感想を受け止めてまた作戦を練る…大変だけど、とっても楽しそうでもあります。
先日は、地元の漁師さんたちにも協力してもらい、船釣り&魚捌き体験がありました。
釣果は小アジ3匹でも「いい経験」 能登半島の先端で海業の体験試行:朝日新聞 asahi.com/articles/ASV9X3S5J…
80歳のご住職が毎朝、仮設住宅から通うのは4坪のプレハブの本堂。
能登半島地震の後も手を合わせる場所にと、珠洲市宝立町鵜飼で守る「日本一小さな本堂」のお話を、樫村記者が「with NOTO 能登の記者ノート」でつづりました。
「日本一小さな本堂」から再建へ 生かされた命、ふるさとへの恩返し:朝日新聞
asahi.com/articles/ASV9T3668… #能登半島地震
前回の地震から14年かけて修復したにもかかわらず、3年足らずでまたもや大地震に襲われた曹洞宗大本山の総持寺祖院。
今回の修復は2034年まで続く見込みで、その長い歩みを「生きた教材」にしようという取り組みが行われています。
「被災時の話だけでもインパクトはありますが、能登の経験をどう生かすかまで考えてもらわなければ、防災学習にはなりません」
石川記者が取材しました。
asahi.com/articles/ASV9V1HC8… #能登半島地震
能登半島の先端、珠洲市狼煙の秋祭りで、3年ぶりにお神輿とキリコが巡行しました。
狼煙では能登半島地震でお神輿もキリコも全て倉庫ごと全壊。
どうしても祭りを再開させたくて様々な縁を頼り、お神輿は輪島市の小西山から、キリコは収集していた津幡の方から譲り受けました。
キリコは元々、珠洲の外浦で使われていたもので、中腹の文字も絵も狼煙の方が書いたものだったそう。
お神輿が輪島市山間部の小西山から能登町宇出津を経て狼煙に来た経緯を書いた記事を改めてご紹介します。
(9月24日 18:41まで全文お読みいただけます)
digital.asahi.com/articles/A…
日本海からの強い風から家を守る間垣が並ぶ「間垣の里」、輪島市大沢町。
その景観からNHK朝ドラ「まれ」など数々の映画やドラマで撮影が行われてきたまちの漁港に、いまも「35人」と白い文字が残っています。
2年前の奥能登豪雨で孤立し、助けを求める人数を書いた男性は今春、2度の被災を乗り越えて新しい住み家に戻ってきました。
大沢での暮らしの豊かさと現状。
それでもここでの暮らしを続けようといういとなみを、取材しました。
(9月23日 09:03まで全文お読みいただけます)
地震の修理完了2日後に流された自宅、港に書いた「SOS 35人」:朝日新聞
digital.asahi.com/articles/A…













