今回の帝国ホテルの展示物の🔥について散々考えてて、結論が、私、芸術大好きなんだなってことだったわ。一時期月一で美術館や画廊に通ってたりしたし。
でも、美術の批評について抽象表現の多いものばかりで堅苦しくて少し距離を置いていたけど、今回初めて踏み込めたかもな‥と思ったり‥
しかし一日かけて芸術と社会倫理とはと考えてた私、N型のステレオタイプだと実感。
因みに壁に貼られたバナナが10億円で落札されたという話で「芸術の価値理解できてる?」とドヤっていた人、あれ本当に10億で買う価値あると思います?
10億で売られたものに10億の価値がある訳じゃないのよ。
なるほどねー。表現の自由を守る派が文化大革命やらナチスやら独裁者やら持ち出してきて何をそんな恐れてるんだ?と思ってたけどこういう意見なのね。
そして、子どもの人権については守るのに、そこにいる人たちにモザイクもかけ なくて、人権とは??となるよなー。
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「お籠もり会」について、Threadsの方でも調べてみたら非常に建設的な意見が。
本来作品の芸術性を議論し、展示方法の適切さも検証する。そして問題があるなら、誰がどう判断したのかを確認する。
それぞれ別の問いとして考えるべきかと。
っていうか不思議なんだけど、会田誠とか、今回のお籠もり会の作品を擁護する人たちって何がその作品が素晴らしいか、具体的に語っているの見たことない。皆抽象表現に終始しててこれを理解しようとしない人が悪い!!と断定してて。じゃあ理解できるように具体的に良さを伝えたらどう?って思う。
そもそも文化大革命って何が起こったか知ってますか?ただのSNSの炎上と政府が関与した歴史的事件。
批判の例として出すにはあまりにも不適切では?
芸術表現の自由、鑑賞者の批評の自由、子どもの保護。この三つを対立する二陣営に押し込めずに考えることこそ、議論の出発点だと思います。
ここ数日、帝国ホテルプラザのアート展や、会田誠氏、村上隆氏といった著名な現代美術家の作品にまで「児童ポルノ」「ペドフィリア」というレッテルを貼り、社会から排除しようとするラディカルフェミニストの活動を見ていると、いよいよ現代版の文化大革命が始まったという印象です。
今やフェミニストの主張は女性優遇だけに留まらず、「個人的な不快」を「社会悪」にすり替え、気に入らない文化や芸術を攻撃し、社会を破壊と衰退に追い込もうとしています。
かつては「共産主義」の名の下に文化や宗教、芸術が破壊されましたが、今度は「人権」「平等」「フェミニズム」を大義名分に同じ過ちを繰り返そうとしている様を見ると、歴史は何度でも過ちを繰り返すものなのだと痛感します。
因みに左下のガラガラ蛇みたいなカラテア・ランキフォリア(インシグニス)は、見た目ヤンキーなのに、めちゃくちゃ育てやすくておすすめ。右上のストロマンテ・トリオスターも斑入りなのにめちゃくちゃ生命力が高いです。剪定した茎から芽が出てきます()













