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自分の中では「戦わないゼルダ」みたいなイメージで作った。
歩くだけでも、家具を登るだけでも、楽しくワクワクできるように。
ちびロボのアニメーションは1000以上。
すべて手付けで、丁寧に作り上げた。
それが、20年経った今でも愛され続けている理由なのかも。
本当にありがとうございます。
『ちびロボ!』が「ニンテンドー ゲームキューブ Nintendo Classics」に追加
news.denfaminicogamer.jp/new…
2005年に発売された、たった10cmの小さなロボット「ちびロボ」が家族をハッピーにすることを目指すアクションアドベンチャーゲーム
予想外にたくさんの反響があって興味深かったので、みなさんの意見をざっくりまとめてみました。
①「面白ければ制作方法なんて関係ない」
最も多かった意見。
・同じ内容と面白さなら同じ値段で買う
・ユーザーは制作時間や人数にお金を払っていない
・料理や映画、音楽も同じ
これはユーザー視点として筋が通っている。
②「作り手の努力は、買い手には関係ない」
・ユーザーにリスペクトを求めるのは違う
・開発者の自己満足では?
・制作に5年かかったのは非効率なだけでは?
元投稿が努力への対価を要求しているように受け取られたのかも。
努力や苦労をしたからといって、面白くなるわけじゃない。そこは僕も同意。
③「AIで安く作れるなら価格も下がる」
・開発コストが下がれば価格競争が起きる
・AI製ゲームが大量供給されれば価格は下がる
・今までの大作と同じ価格を維持できるのか
僕もゲーム業界の将来を考えると、ここが気になっている。
④「AIでも創作の価値は変わらない」
・AIを使っても人間の試行錯誤は必要
・同じ品質の作品を作れること自体がすごい
・技術が進歩しても人間の仕事はなくならない
現状では僕もそう思う。でも、いずれ人間がほとんど介入せずに作れる時代も来そう。
⑤「作品の背景にも価値がある」
比較的少数だった意見。
・作り手の名前や制作背景で作品への期待は変わる
・好きなクリエイターを応援するために買うこともある
・制作過程への共感が購入動機になることもある
全体として①②が多く目立っていて、③④⑤もそれぞれあった感じ。
同じゲームの価値についての話でも、これだけ見方が違うのは興味深い。
あと、僕のアイコンがAI生成だからグロいって意見もありました笑
アイコン1つでそこまで感じる人もいるんだな。ゲーム全体がAIで作られていたら、もっと強く感じるのかな。
もし、5年かけて開発したゲームと、AIで1ヶ月で開発したゲーム。全く同じ内容と面白さなら、同じ値段で買うのかな?
5年かけて数百人のクリエイターが技術と情熱を注ぎ込んだゲーム。一方、AIでたった1ヶ月で作ったゲーム。
どちらも9,800円だったら。
「面白ければ作り方なんて関係ない」という考え方もある。
でも、ゲームの面白さだけじゃなく、その裏側にある作り手の技術や努力、膨大な試行錯誤にも、無意識に価値やリスペクトを感じていたんじゃないかな。
もし、大作すら簡単かつ何倍も早く作れる時代が来たら、ゲームに今と同じ金額を払わなくなる人も増えるんでは。
AIエージェント開発によってアイデアが爆速で形になっていくのを体感して、これは果たして本当にモノ作りなのか?と考えてしまった件
ここ数ヶ月、新作とは別に、研究の一環としてAIエージェントでゲームを作り続けている。
これまで何ヶ月もかかっていた試作品が、数日で動いてしまう。しかも、細かく指示しなくてもAIがいい感じに作ってくれる。
いや、作ってくれちゃう。
最初は夢のように楽しかった。
でも、何本も作っているうちに、ふと思うようになった。
「これって自分の作品なのかな?」
自分が考えたアイデアを、AIがいい感じに形にしてくれる。
自分が作っているというより、AIが作ったものを延々と判断しているような感覚。
圧倒的に便利で、楽しい。でも、何かが違う。
これまでゲーム作りには、仲間と試行錯誤したり、思いがけない発見をしたり、作っている途中にしか味わえない楽しさがあった。
しかしAIとの開発は、とにかく速い。
こちらが少し指示を出すだけで、次々と形になっていく。
AIの制作速度が、人間の思考や創作のリズムそのものを追い越してしまった。
作りたいものが、こんなにも簡単に作れてしまう。
ゲームクリエイターとして、これほど嬉しいことはないはずなのに。
でも最近、これは本当に「モノ作り」なんだろうか、と考えてしまう。
AIエージェント開発によってアイデアが爆速で形になっていくのを体感して、これは果たして本当にモノ作りなのか?と考えてしまった件
ここ数ヶ月、新作とは別に、研究の一環としてAIエージェントでゲームを作り続けている。
これまで何ヶ月もかかっていた試作品が、数日で動いてしまう。しかも、細かく指示しなくてもAIがいい感じに作ってくれる。
いや、作ってくれちゃう。
最初は夢のように楽しかった。
でも、何本も作っているうちに、ふと思うようになった。
「これって自分の作品なのかな?」
自分が考えたアイデアを、AIがいい感じに形にしてくれる。
自分が作っているというより、AIが作ったものを延々と判断しているような感覚。
圧倒的に便利で、楽しい。でも、何かが違う。
これまでゲーム作りには、仲間と試行錯誤したり、思いがけない発見をしたり、作っている途中にしか味わえない楽しさがあった。
しかしAIとの開発は、とにかく速い。
こちらが少し指示を出すだけで、次々と形になっていく。
AIの制作速度が、人間の思考や創作のリズムそのものを追い越してしまった。
作りたいものが、こんなにも簡単に作れてしまう。
ゲームクリエイターとして、これほど嬉しいことはないはずなのに。
でも最近、これは本当に「モノ作り」なんだろうか、と考えてしまう。
「手作り時代最後のゲーム」。
今作っているゲームが、僕にとってそうなるのかも。
「僕らは幸福な時代にモノ作りができた」誰かがそう言っていたのを聞いて、最近、その言葉が妙に心に残った。
今作ってるゲームとは別に、AIで他の企画のモックをいくつか作ったら、たった1人で驚くほど速く作れた。「未来がいきなり目の前に来た」という感じ。ゲームはもう、人間がひとつひとつ手で作るものではなくなっていくんだと思う。
みんなで悩んで、くだらないアイデアで腹抱えて笑って、ときに失敗して作り直して、少しずつゲームになっていく。そんな遠回りを、もう味わえなくなるのかも。
「ゲームだけを手作りしていたんじゃない。作る時間そのものを、手作りしていたんだ」
そんなことに今さら気付いた。
急に今のこの時間が貴重に思えて、最後かもしれない手作りゲームの開発を思いっきりやろう、とメンバーと話した。
まあ、本当に最後になるかは分からないけど。
そういえば「最後」のつもりで作ったのに、ずっと続いてる有名ゲームがあったな。
ファイナルなんとかっていう笑
AIとソシャゲと重課金。
ちょこちょこ触ってるAIの活用。
「月々500ドルでたくさん使えるよ!」
「コーディングだってデザインだってなんでもやるよ!」
「寝てる間もあなたの代わりに働いとくよ!」
「その代わり、たくさん課金してね!」
いや、城ドラやドラポに毎月10万以上課金してきた僕を舐めないでもらおう。
……でもAIに月8万円は高くね?
いや、それで仕事が何倍も速くなるなら安い。
いやいや……と頭の中で戦っている。
ともかくAI時代は
①重課金できる
②設計力
③判断力
④想像力
この4つがものを言う世界になってきた。
……ソシャゲみたいだな笑
『肩の上の秘書』。人間の肩にロボットのインコが乗っていて、相手のインコと話す。 まるでAIに文章を修正させてポストしてる今の時代みたい。
いずれ、 AIがゲームを作り、AIがプレイするのを、人間が鑑賞する、みたいな時代が来たりするんだろう。
(この文もAIに直させました笑)
これ企画段階でも同じで、他人にプレゼンして反応が「つまらない」よりも「わからない」が一番よくない。
「つまらない」は人それぞれ。
でも「わからない」は、そもそも伝わってないのでスタート地点にも立ってない。
ガノン直前燃え尽き症候群のことですね…。
あらゆる困難を乗り越えて、「やっとここまで来た!」という達成感。
でも同時に、
この先はラスダンとラスボスだけだな、と先が見えてしまう。
ゲームとしてはまだ終わってないのに、気持ちの中では一度エンディングを迎えてしまい、
ここが達成感と満足感のピークになりやすい。
これが「ラストダンジョン症候群」の正体…なのかも。
ゲームを作ってると「もっと面白くしたい」と思って仕様やルールをどんどん足していく。
そうこうして完成に近づいてくると、ずっと開発してきた自分たちは楽しく遊べるのに初見の人から「ルールが分からない」「もっと説明してほしい」と言われ始める。
じゃあチュートリアルを入れようとなるんだけど、今度は説明が増えてゲームのリズムが悪くなる。
だいたい開発者はチュートリアルが嫌い笑
なので今は、ルールを足すより、逆に「ルールを減らしながらコンセプトを強くできる」アイデアを探す。
その方がゲームがシンプルなまま面白くなることが多い。
でも、これがムズい。
だからこそ、バシッと思いついた時の快感はエグい。
まさにこれ、ゲーム制作でとても大事なこと。
ゲームを作ってると
「これ何が面白いゲームだっけ?」
と迷子になることがある。
そんな時は、ぼんやりと考えていた
テーマとコンセプトを自分の言葉で明確にしてみる。
★テーマ=「このゲームで何をするか」
★コンセプト=「それを、どんな独自体験にするか」
「テーマ」を、どんな独自体験に変えるかが「コンセプト」。
毎朝これを思い返して、コーヒーを飲む☕️
僕はこれで迷子にならないようにしてる。
今日は初代『いきものづくり クリエイトーイ』15周年🎉
そう、もう15年前
「丸や四角のカタチで作ったキャラが、そのまま歩きだす」
そんなゲームを作った。
当時Twitterでかなりバズったのをきっかけに
任天堂の岩田社長の「動く 社長が訊く」にも呼んでいただけた。
今ならUGCとか配信映えゲーとかに近いのかも。
当時はリリースした瞬間から
「奇妙」「カオス」「どうかしてるw」
なんて言われてたなー笑
日本じゃブ●でもサイパンじゃ美人〜🎵
ってCMの歌が昔あった
そのゲームが面白いか
いや下手したらそれ以上に
どこの国にや地域にアピールするか
めちゃくちゃ大事
ウィッシュリストが5件。
これ、興味深い結果だなぁと感じています。
告知は主にXで行った範囲だと思いますが、インプレッションは約4000、いいねは73件ついています。
ゲームは「ニワトリを飛ばすゲーム」。動画を見る限り、まさにその通りのイメージです。
Xから興味を持ってウィッシュリストに追加した人は、おそらく1人(日本語圏の方)だと思います。
そして注目すべきはWLの残り4人。これは英語圏の人です。
皆さん、いいですか?
「このゲームは英語に対応していません」
おそらくSteamのサムネイルだけでウィッシュリスト登録したのでしょう。
このテイストのビジュアルは、アングリーバードをはじめ海外で高い人気があります。一方で日本では鳴かず飛ばずだった経緯もあります。
大企業が莫大なPR費用をかけたにも関わらずです。映画にもなりましたが、これも案外な結果でした。
なぜか?
……それは本題ではないので置いておくとして🤭
ここで重要な事実は、英語圏に情報がほとんど届いていないにもかかわらず、4件もウィッシュリストに入れられているということです。
このゲームの告知を行うのであれば、間違いなく英語対応と、海外向けの情報発信を検討するべきでしょう。
ターゲットに対して最大化に向けたあの手この手を取っていく。マーケティングとはそういうもの。
こっからっす😲
小説家がゲームを作り
映像作家がゲームを作り
小学生がゲームを作り
おじいちゃんもおばあちゃんもゲームを作る時代が到来。
Claudeで作ったローグ系のフリーゲームです。最下層到達までは数十億年かかりますが、100階到達でエンディングがひとまず流れます。
hirotaka-adachi.itch.io/mini…
「こんなゲームあったら面白いじゃん」
理屈じゃない。
そんな感覚から作り始める。
ヒットすると、
後から多くの人が理由を言語化して、
みんな何となく理解できた気になる。
でも、再現できない。
ヒットには、
理屈で説明できる部分と
どうしても説明できない部分がある。
そして、その説明できない部分にこそ
本当のヒットの理由が隠れている。
そんな気がしてはや30年。

















