秋葉原中央通りから東側の路地へ進んだ先のカンダエイトビルにある美容室「fuwat(ふわっと)」、今月で開店から16年を迎えた美容室ですが、アニメファン・ゲームファンのスタッフが在籍していたり、通常のカット・カラー以外にコスプレ用やドール用のウィッグカットまで手掛ける秋葉原らしい美容室です
秋葉原駅の東側に広がっていた広大な土地(日本通運や日本運輸などが存在した旧・日本鉄道建設公団所有地)をヨドバシカメラが落札を発表したのが今から四半世紀前/25年前の今日です(2001年10月19日発表)、電気街にヨドバシカメラが進出することがほぼ確実となって当時秋葉原には大きな衝撃が走りました
秋葉原を代表する風景の一つとして挙げられる電気街口南側から中央通り方面を眺める場所、当然ながら細かな部分では変化をしていますが、オノデンが見える風景は長年変わらず、電気街の雰囲気も感じられる場所として今後も「秋葉原らしさ」が詰まった風景になっていくと考えられます
秋葉原の西側、神田川に架かる昌平橋から見る総武線鉄道橋の「松住橋架道橋」(1932年/昭和7年架橋)と昌平橋交差点角に建つ「住友不動産秋葉原ファーストビル」(2019年/令和元年竣工)の姿、秋葉原という街において変わらない部分と変わっていく部分を象徴する風景の一つです
秋葉原を歴史的視点で街案内する際、電気街口北側のロータリー周辺から説明を始めることが多くあります、何より秋葉原という地名が誕生した場所であり、これに関連して様々な歴史的な出来事を関連付けて説明すると理解しやすいのかなと考えています、地名の由来はどの街でも重要な歴史が詰まっています
秋葉原裏通りの木村ビル1階に店舗を構える「ラホール 外神田店」、40年以上営業していることで秋葉原の飲食店として老舗と捉えられるほどですが、秋葉原店ではなく外神田店の表記に疑問を抱く人もいるようです、確かに「外神田店」の印象が強すぎて「秋葉原店」(台東1丁目)を知らない人は実際多いです
秋葉原裏通り側で芳林公園北側にある「カミカゼスタイル 秋葉原店」、店舗が入る阿出川ビルの建て替えに伴い来年1月をもって現店舗での営業を終了することを発表しました、ニュー東和ビル時代から見ると20年営業している秋葉原店、店頭に並んだTシャツはこの辺りの風景の一部になっているほどです
秋葉原中央通りから一本西側へ入ったMNビルに店舗を構える「秋葉原ガチャポン会館」、海外の観光サイトなどで定期的に紹介されているようで、秋葉原を訪れる外国人観光客の中には目的地の一つとしている人も多いと聞きます、カプセルトイ文化に対する熱を観光客から感じることが度々あります
アトレ秋葉原1ではアニメ「リコリス・リコイル」のイベント企画である「喫茶リコリコ出張所 2026 POP UP SHOP in アトレ秋葉原」が今日(16日)から開催されます、館内外の装飾や2階での特設物販、施設内のショップを対象としたキャラクターカード配布キャンペーンなどが行われます、29日までの開催です
AKIBAカルチャーズZONEにアニメイト(アニメイトAKIBAカルチャーズZONE)がオープンしたのが今から12年前(2014年10月16日開店/2017年3月末閉店)、かつては女性向け店舗もあった秋葉原地区のアニメイトですが、既存店舗の横のビル(旧とらのあな)を繋げた今の店舗がひとまず落ち着いた姿だと考えられます
万世橋南詰の公衆トイレ跡地は謎の小部屋として今でも度々話題となります、トマソン的な作りや立ち入り禁止であること、何より当時は当たり前すぎて語り継がなかったことが理由に挙げられますが、例えば国鉄旧万世橋駅もマーチエキュート神田万世橋が無ければ同様の流れを辿った可能性さえ考えられます
今から156年前の1870年10月15日(旧暦)、現在の秋葉原駅前に存在した鎮火社(祠)で式典が執り行われました、前年発生した大火を受け造営された鎮火社で、後に火伏の神から秋葉社・秋葉神社と呼ばれたため現在の秋葉原の地名へと繋がります、つまり鎮火社が無ければ今の秋葉原の地名が存在しませんでした
秋葉原に存在した「交通博物館」やさいたま市の「鉄道博物館」の前身である初代・鉄道博物館が開業したのは今から105年前です(1921年/大正10年10月14日開業)、鉄道開通50周年事業の一環として東京駅北側に10日間限定で鉄道関連品収蔵展示施設が設けられ、約58万人の来館者があったとされています
秋葉原の東側、昭和通りを渡った先の佐久間公園内に設置されている「ラジオ体操会発祥の地の碑」、1930年(昭和5年)に万世橋警察署の巡査が地域住民を集めて朝のラジオ体操の会を始めたことを由来として建てられたものですが、碑の土台がラジオの「R」になっており、凝った造りです
秋葉原にかつて存在した大型電気店「シントク」が倒産により消滅したのが今から33年前の出来事です(1993年10月13日倒産)、現在のシルクハット秋葉原のビルに本店を構え、秋葉原では北側のソフマップや駅南側の朝風二号館ビル(献血のakiba:Fなどが入るビル)の場所でもシントクの店舗が営業していました
秋葉原の南側、神田川を渡った先でかつて肉の万世秋葉原本店があった場所の裏手にある建物の「12 KANDA」、以前蕎麦店「松月庵」があった場所に建てられた建物で、ハンバーガー店「Hangry Joe's Tokyo」がある場所、さらには珍しい造りや外観でも知られています
秋葉原裏通り側の第3電波ビルに店舗を構える「なんでも酒や カクヤス 秋葉原駅前店」、オープンから1年半ほどが経過した酒店ですが、開店当時から距離的に「秋葉原駅前店」という名称に疑問を抱く人はいたようです
秋葉原裏通り側で昌平小学校に近い竹本ビル、1階は長く飲食店が続いており、現在は「らーめん影武者 本館」ですが、ステーキ店「トゥッカーノグリル 秋葉原2号店」もここで営業していました、他にも印象的な飲食店も見られ、蕎麦店の屋号でもある「満留賀」も存在していました
秋葉原から見ると南側、神田平成通り沿いで岩本町3丁目交差点に近いカネヒロビル2階で営業していた「和合餃子 岩本町店」が閉店しており、跡地には同じく中華料理店「チャイナ厨房 玉楼 岩本町店」がオープンしています、麺類や餃子、中華の一品料理などが提供されています、今月1日開店のようです

















