忍たまの跳弾描写はとても面白いんだけど、戦国〜江戸初期に実際そういう運用があったかどうか…
大型火縄銃を使い攻城戦で井楼から射撃(信長公記・神吉城攻め)して敵の櫓を破壊する等の描写があるので、恐らく直接当ててたのでは。天正後期には中筒が広まっていくが
大砲(フランキ砲)はあまり広まったようには思えない。重量がありすぎて厳しかったのだろうか。
ただ、対織田戦争中の毛利氏が寺の梵鐘を鋳潰して鉄炮を作らせているので、あるいはフランキ砲的な何かかもしれない。
誰かこれやったのかなと思った
【速報】複数の自治体がメールの配信を停止
47news.jp/15075862.html?utm_…
万秋 retweeted
廃棄うどんでタイ釣る、香川大学などが疑似餌開発 26年度内に商品化
nikkei.com/article/DGXZQOCC0…













