AI音楽生成に関して、考えてみた。
なぜ、職業作家やアーティスト、
音楽関係者の中で、AIを毛嫌いする人がいるのか。
正直、僕も、
んーーー
って思ってる。
その反面、
すごいなーーー
とも思う。
なんでかな?
って考えたときに、
根本は、
「魂がこもってないから」とか、
「ボタン1つで生成できるから」
とかではなくて、
「自分のアイデンティティを奪われたような感覚」
が近いのかもしれない。
今までは、市販の商業コンテンツとして流通している音楽って、作詞、作曲、編曲、レコーディング、ミキシング、マスタリング、演奏、歌、
正直、どれをとっても、並大抵の人では到底作ることができなかった。
何千、何万時間とかけて、
技術を身につけて、
失敗して、経験を積み重ねて、
そうやって作れるようになった音楽は、
その人にとっての「アイデンティティ」だったり、
自己表現の結晶だったりすると思う。
だからこそ、
今まで人生をかけて手に入れてきたものを、
誰でも簡単に、それっぽく手に入れられるようになる。
そのこと自体が、すごく痛いのかな。
って思った。
例えば、登山家の人が、
「自分はエベレストに登れる技術を持っている」
ってことを誇りにしていて、
山を登ること自体を生きがいにしているとする。
なのに突然、
エベレストの真ん中にエレベーターができて、
「誰でも1時間で登頂できるようになりました!」
とかなったら、
そりゃ、嫌なのと一緒なのかなー?
って僕は思う。
毒を吐くと、
正直、世の中で音楽をしている人の大半は、
好みとか、音質がどうとか以前に、
AIと音楽的に勝負できるくらいのクオリティーを保ちながら、
このスピード感で無限に音楽を作り続けるなんて、ほぼ不可能だと思う。
有名なSUNOなんて、
言葉を少し入力するだけで、
「それっぽい音楽」をかなり手軽に作れてしまう。
でも、
音楽を生業にしていて、
音楽そのものを自分のアイデンティティにしている人たちは、これから、そことも勝負していかなきゃいけない。
「人間が作ったから価値がある」
だけではなくて、
「自分が音楽を作る意味」
を提供しなきゃいけなくなる。
正直、音楽って、
どれだけ作り手が魂を込めて作ったとしても、
クオリティーが追いついていなかったら、
世間から見れば、
ただの駄作として消費されて終わることもある。
すごく悲しいけど、
「魂がこもっているように聞こえるかどうか」
を決めるのは、
結局、作り手ではなくて世間なんだよね。。。
作るのに1000時間かかった曲より、
AIが数十秒で作った曲の方が
誰かの心を動かしてしまう可能性だってある。
それって、
音楽を作る側からしたら、
相当残酷なことだと思う。
自分たちが生きるために、
血反吐を吐きながら何年、何十年とかけて手に入れてきたもの。
それを、
「誰でも、それっぽく手に入れられるもの」
にされてしまった。
だから、生成AIや、生成音楽そのものに怒っているというより、
自分が人生をかけて築いてきた
「アイデンティティ」の価値が、
突然揺らぎ始めたことに怒っているのかもな。
って思った。
だから僕も、AI音楽に対して
んーーー。。。
って思う気持ちもあるし、
その一方で、
「いや、これはすごいなーーー」
とも思う。
でも結局僕は音楽好きだから、やるんだけどね。
今日も自分らしく音楽する!!!

















