Éthique, architecture, urbanisme. Emmanuel Levinas. philosophie de l’auto-virtualisation. Umberto Eco, Henri Maldiney, Gilbert Simondon, Bernard Stigler.ENSAPLV

Paris ou Tokyo
Joined July 2014
哲学は青春だ。
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現実性についての説明もここまで洗練されたのですね。局所化、名詞化、さらに無内法化。
Replying to @irifuji @kadoh108
と同時に、「現に」は、「偏在」的にも働く。 しかし、そのように「現に」が、「偏在化」「局所化」される際に働くのは、諸経験・諸性質や諸システム(人称など)による「絞り込み」であり、また「現に」の「現実世界」化=名詞化だと考えられます。 「現実の無内包化」とは、その「偏在」を解除し、「遍在」へと差し戻すことでもあります。
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Replying to @irifuji @kadoh108
と同時に、「現に」は、「偏在」的にも働く。 しかし、そのように「現に」が、「偏在化」「局所化」される際に働くのは、諸経験・諸性質や諸システム(人称など)による「絞り込み」であり、また「現に」の「現実世界」化=名詞化だと考えられます。 「現実の無内包化」とは、その「偏在」を解除し、「遍在」へと差し戻すことでもあります。
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さらにも一つ。プロレスのことは何も知らないが、垂直的/水平的と言えばアリvs猪木だ。最近亡くなった江川さんは、博論の審査会で、まともな論戦にならなかったから猪木のように横たわって防戦したと言っていたな。ことほどさように、垂直的/水平的の意味論的広がりは開かれた理論系を形成するのだ。
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一旦焦点化して、何かが起きたことにして、位相転換してからでないと、潜在性について語ることはできない、ということに近いのかな。
その伝統に(その思考法の特殊性に)強い興味と愛着を抱いていてたまたま掴んだその妙味の一角をなんとか伝えたいほうに関しては、カントと一部分ウィトゲンシュタインの名を出さずには語れないのだが、その解釈が正しい必要は必ずしもない。それでも名を出さずにはそもそも語れないところが興味深い。
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RT @yuki_kono03: ライプニッツ「モナドに窓がない」について、石黒ひでは「二つのもの相関関係を、両者をつなげる第3の事象で説明する態度」への批判なのだと『命題コレクション 哲学』で述べている。 この議論の仕方はウィトゲンシュタインやルイス・キャロル「アキレスと亀の…
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例えば、あの店には「文学がある」とか「社会がある」とかは形容詞として採用されないのだけれども、「哲学がある」はドンピシャにハマる不思議。その「哲学がある」凄腕な店主達に教わった世界で生き永らえている、今も「現に」。だからと言って、この先はどうかはわからない
「任意性」から「すべて」へのスライドを卑近な例として、食べ放題のビュッフェを挙げてみる。 ビュッフェの魅力は、あらゆる選択肢が用意されているという“何でもあり”の性質にある。そのほぼ無限の可能性は、私たち有限なる存在においては、「すべて食べたい」という欲望への変換、喚起となる。
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「哲学/哲学史」と「何でもいい何か(Amy-ness)」におけるこれ性(特異性)が、同型になってあるところが、面白い。
哲学することは、哲学史に関係なく誰においてもいつでも可能である、は、「何であれ哲学になる」を通過していなければ成立しないと思われるのは、以下のような理由である。 つまり、これが私の哲学だ、このこれが私の哲学だ、は、あまねくものが、特異かつ唯一ゆえに初めてそう指し示せるものであり、過去から現在まで続いてきたおよそ哲学と呼ばれるようなあらゆる営み(=それを歴史と呼んでおこう)を前提にしたうえで、初めて「これ」が言える。 つまり哲学をやることに哲学史は不要、哲学をするうえで哲学史はなければならないというのはどちらも言えてしまうのだ。しかしこのこれが指し示すものが「哲学」と呼ぶようなものであれば、それは哲学という言語の歴史があるからこそ成立できる呼び名である。これは、哲学を、「私」に置き換えても同じな気がする。呼び名や人称は遅れてやってくるのだ。 それが「この何か=hoc aliquid」がもつ射程の広さと絞り込みの機能だと思われる。 つまり、「何であれ哲学になりうる」という広がりと、「これが哲学だ」という特異な指示とは、同時に成立する。
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湘南高校の一年先輩で、私の一代前の文芸部部長だった矢橋透さんと50年ぶりに表参道で再会して、食事をした。 その「記念」として、この書評を書いた。ぜひ、ご一読ください!
入不二基義先生による矢橋透 著『映画における演劇性とは何か』の書評が寄稿されました。 suiseisha.net/blog/?p=22783
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市民レベルの相互受容と寛容さを一気に消費する暴力が政治的に利用される。
I’m one of you (ignored). If you haven’t seen it yet, there's a video of a French Parisian liberal woman pleading with “Protesters” that she's one of them; she voted to help them, voted to give them shelter and funding. As they loot and destroy her shop. Push her out of the way and ignore her. The term is “Suicidal empathy!” It’s on the corner of your own hometown. It’s the senior holding a “No Kings” sign next to the blue-haired girl holding a “Stop Ice” sign. You don’t have to listen to them for very long to understand they are clueless, useful idiots. That blue-haired girl was indoctrinated in grade school to believe old white Americans have been stealing her future; at the same time, the liberal school staff was telling her that being a boy or one of the 60 alt genders made her special and unique. And that old white man standing right next to her- he’s getting paid $150 to stand there with that no-kings sign and just keep his mouth shut. I gotta wonder how they are gonna act when their neighborhoods get 20,000 Islamic men dumped into the town square in the middle of the night? How will they react when those men start burning homes and businesses, looting, raping, and killing as they go? There's something here that the leftist useful idiots don’t quite understand. They were indoctrinated into the utopian cult of the left; they promise you prosperity, unity, equality, but then they bring in people who don’t even care about humanity, 3rd world savages who aren’t capable of civility, because they grew up in savage central. They were formed and reformed into barbarism in places in the world where every person is out for themselves. I’m gonna share the picture of the leftist Parisian woman. This is the moment it dawns on her, the moment she realizes she's made a terrible mistake. This is the moment when she understands that all her pleading and trying to reason with these savages fall on deaf ears. That sudden realization: you invited misery and death to a civil society, and you are now on the menu.
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入不二先生の書評、矢橋透(著)『映画における演劇性とは何か』。話は現実性の問題、スピノザ的汎神論にまで及びます。 読み応えあります。suiseisha.net/blog/?p=22783
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今のフランスとかイギリスとかを見ていて感じるのは、こいつらは今は綺麗ごとを言って隠しているが、本来はサディスティックな人たちであるはずだ。パリを破壊している連中から見たら文化と言うのはただお花畑的な弱々しい飾りもののように思えているんだろうが、彼らのサディズムの精華でもあるのだ、
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これは象徴的な出来事。今回の暴動は移民問題と直接は関係ないが、経済格差社会格差の是正と移民問題は表裏一体。
עוד עדות של בעלת עסק שאיבדה את כל עולמה. פה מדובר באלין לי (במקור הואנג) בת 50. דור שני או שלישי למהגרים מסין. היא דוברת צרפתית מושלמת עם מבטא פריזאי מושלם. את המסעדה הקטנה הזו ברובע העשירי קנתה לפני 7 שנים מיהודי זקן ממוצא אלג׳יראי (בשם ר. חנונה). אלין מספרת שלקראת השעה 14:30 כשהם ראו שהרחוב הופך מסוכן הם הורידו את כל שבכות הברזל ונשארו בפנים. תוך זמן קצר הם שמעו חבטות עזות והשבכות הורמו מכל הכיוונים. הפורעים (שהיו 6 או 7) חבטו בחלונות עד ששברו אותם והיכו אותה עד אבדן הכרה (שימו לב לפנס בעין ימין שלה). היא טוענת שמה שהפתיע אותה זה שהראשון שנכנס לתוך המסעדה היה ילד בן 12 ואחריו חבורת בנות צעירות עם שקי קניות. הם שדדו כל מה שאפשר היה לשדוד, שברו את הכל והציתו.
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普遍主義と現実は乖離して、トリコロール🇫🇷のように三層構造(エリート層・伝統的中間層/労働者層・周縁化された下層/移民層)に社会は分断されていて、社会階層は都市構造により立体的に空間化し物理的にも分断し占有化している。低所得者向け公営住宅がある都市の外縁は教育環境の悪化、治安悪化にともない中間層は外縁の更にその外へ移り、外縁のゲットー化が進む。中間層は右翼化し、フランスは市長の勢力図も政策も右傾化している。また移民間の対立も都市空間に浸透している。
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哲学することは、哲学史に関係なく誰においてもいつでも可能である、は、「何であれ哲学になる」を通過していなければ成立しないと思われるのは、以下のような理由である。 つまり、これが私の哲学だ、このこれが私の哲学だ、は、あまねくものが、特異かつ唯一ゆえに初めてそう指し示せるものであり、過去から現在まで続いてきたおよそ哲学と呼ばれるようなあらゆる営み(=それを歴史と呼んでおこう)を前提にしたうえで、初めて「これ」が言える。 つまり哲学をやることに哲学史は不要、哲学をするうえで哲学史はなければならないというのはどちらも言えてしまうのだ。しかしこのこれが指し示すものが「哲学」と呼ぶようなものであれば、それは哲学という言語の歴史があるからこそ成立できる呼び名である。これは、哲学を、「私」に置き換えても同じな気がする。呼び名や人称は遅れてやってくるのだ。 それが「この何か=hoc aliquid」がもつ射程の広さと絞り込みの機能だと思われる。 つまり、「何であれ哲学になりうる」という広がりと、「これが哲学だ」という特異な指示とは、同時に成立する。
言葉を話すには、言葉の歴史を「知ること」は不要だっていうのは、確かに実践的にはいえますね。私含めて多くの人は言葉の歴史など知らなくても、言葉を実践的には使う。同じように、哲学をやるには哲学史は不要だ、はいえるのか。実践的にはいえると思う。しかしその哲学史は不要だ、言葉の歴史は不要だは、すでに哲学史や言葉の歴史を通過しているからであり、それが不要であっても機能しているくらい制度が完成しているからとは言えまいか?
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「偶然性のアクチュアリティ」紙版 Any-ness・偶然性・現実性(入不二基義) そして入不二哲学を応用した山田有希子先生の「ヘーゲル『大論理学』様相論研究 絶対的必然性の意味──九鬼哲学と入不二哲学を手がかりに」も掲載されています。
偶然性のアクチュアリティ(紙版) 哲学雑誌 第140巻第813号 哲学雑誌 哲学会 編 ¥3,300(本体 3,000円+税) ISBN 9784641490413 yuhikaku.co.jp/book/b1020656… 目次 《偶然性のアクチュアリティ》 生活者にとっての偶然と運──師田史子『日々賭けをする人々』を読む(古田徹也) 偶然性と自由──ルキエを事例に(村瀬鋼) ヘーゲル『大論理学』様相論研究 絶対的必然性の意味──九鬼哲学と入不二哲学を手がかりに(山田有希子) Any-ness・偶然性・現実性(入不二基義) 最小の偶然性──繋辞と結合(星野太) 偶然の共同体(乘立雄輝) 《シンポジウム報告》 偶然性のアクチュアリティ 《ワークショップ報告》 日本の戦前における中世哲学研究とカトリック哲学──岩下壮一と吉満義彦の場合 AIはなぜ哲学の問題になるのか 《研究論文》 ア・プリオリであるとはどういうことか──デカルト「第五省察」における神の実在証明の形式をめぐって(筒井一穂)
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偶然性のアクチュアリティ(紙版) 哲学雑誌 第140巻第813号 哲学雑誌 哲学会 編 ¥3,300(本体 3,000円+税) ISBN 9784641490413 yuhikaku.co.jp/book/b1020656… 目次 《偶然性のアクチュアリティ》 生活者にとっての偶然と運──師田史子『日々賭けをする人々』を読む(古田徹也) 偶然性と自由──ルキエを事例に(村瀬鋼) ヘーゲル『大論理学』様相論研究 絶対的必然性の意味──九鬼哲学と入不二哲学を手がかりに(山田有希子) Any-ness・偶然性・現実性(入不二基義) 最小の偶然性──繋辞と結合(星野太) 偶然の共同体(乘立雄輝) 《シンポジウム報告》 偶然性のアクチュアリティ 《ワークショップ報告》 日本の戦前における中世哲学研究とカトリック哲学──岩下壮一と吉満義彦の場合 AIはなぜ哲学の問題になるのか 《研究論文》 ア・プリオリであるとはどういうことか──デカルト「第五省察」における神の実在証明の形式をめぐって(筒井一穂)
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Replying to @charis1756
個体発生は系統発生を繰り返す、 しかしその個人にとっては新たな発見である。は量子の重ね合わせのように両存するのではないでしょうか。 その個人が影響を受けた受けないに関わらず、個人を超えたところに働く法則性(人類への影響)です。
ワルプルギスの夜とまどマギ⭐️ chatgpt.com/s/t_6ad4b442d728… まどマギ時代とワルプルギスの再来 chatgpt.com/s/t_6ad4b4716e98… 魔法少女⭐️まどマギまとめ chatgpt.com/s/t_6ad4b6da1f70…
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滝沢克己のマタイ福音書講義、二種類の筆記録がある。三一書房『聖書入門 マタイ福音書講義』全5巻のほうは話したことがうまくまとめられており普通の意味では読みやすいが、創言社版で読むと、どこで言い淀んでいるかまでわかってそのことが参考になる。滝沢神学では読み解けない箇所が分かる!
Replying to @manabee6
永井均「滝沢さんのこの本は口述を筆記したもの。元の本(創言社『聖書を読む:マタイ福音書講解』全8巻)は、本当にそのままだから、えーと、とか、そらー、とかも、書いてある。もし読むんだったらそっちを読んだほうがいい」
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