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今年複数回行った鮨屋
■1万以下
新橋 鮨清新
■10,000〜20,000
利崎 青山 西麻布
鶴八系(こばやし以外)
鮨うらの
すみと
佐野鮨
一篠
■20,000〜29,999
いしまる
きざ㐂
桂太
■30,000〜39,999
一幸
しょう太
あお
武藤
みずかみ
島津
三心
くるますし
鈴木
はっこく
えんどう
高柿のおしゅし
たな華
■40,000〜49,999
和喜智
いちかわ
■50,000〜
青空
天本
すきやばし次郎
あらい
はしぐち
初めて有料noteを執筆しました。
note.com/takozo/n/n520b6e3f6…
初めて有料noteを執筆しました。
note.com/takozo/n/n520b6e3f6…
イラマチ男タコ蔵のほっと一息イラマチラジオ「自分が包茎だということに気づいてしまった男子高校生からのご相談」 youtu.be/Tc8PYR-27ks?si=ipGw… @YouTubeより
とんでもなくひどいラジオ番組だ。
青山 鮨あお
ここは私にとって、格が違う一軒だ。
開業時から定期的に通い続けている。
全国を食べ歩いているが、私の好きな鮨屋を五軒挙げるなら、ここは迷わず入る。
若くして、これほど端正な空気を店に宿せる職人がどれだけいるだろう。
凛とした緊張感がありながら、堅苦しさはない。
静寂さえも心地よく、握りを待つ時間にまで美意識が通っている。
そして、何度食べても心を奪われる酢飯。
鮮烈な酸味と、輪郭のはっきりした塩味。
その交わりから立ち上がる華やかさが、どうしようもなく愛おしい。
ひと口食べるたびに、ああ、やっぱり好きだとため息が漏れる。
美しい握りは、姿だけで完結しない。
口に運び、ほどけて、余韻が消えるところまで美しい。端正な佇まいの内側に、これほど鮮やかな表情がある。
今回いただいたものは以下の通り。
【つまみ】
白烏賊
蝦夷鮑
蝦蛄
鰯と青柳の酢味噌
穴子白焼き
【握り】
鮃
墨烏賊
縞鯵
鮪三種
小肌
小柱
車海老
鰯
蛤
雲丹
穴子
【追加】
鯵
縁側
鰹
中巻
玉握り
どこの魚か。どの仲買から仕入れたか。
鮨を語るうえで、そうした背景も確かに面白い。
ただ、ここの酢飯には、その手の蘊蓄をいったん黙らせる力がある。
魚の持ち味を受け止めながら、ひとつの握りとして自分の味へと引き寄せる。その存在感に、鮨を食べる喜びの核心を突かれる。
簡単に絶賛しているわけではない。
これほど明確に、また食べたいと思わせてくれる店は、全国にもそう多くない。
訪れるたびに好きになる。
一生涯、通い続けたいと常々思う。
麻布十番 みつい
青空出身。その系譜を感じさせながらも仕入れや仕事の随所に師とは異なる美意識が息づいている。受け継いだ技術に自分の感性を通しているのが伝わってくる。
客あしらいは実にフランク。女将さんとの呼吸もぴたりと合い端正な仕事と肩肘張らない空気が心地よく同居している。
そして、女将さんの仕事ぶりが素晴らしい。英語での応対、食材や仕事への理解が深く、こちらの興味を汲んで淀みなく説明してくれる。店の魅力を自分の言葉で届けられる人がいる。その存在は大きい。
使う食材については自ら産地へ足を運び、その背景まで確かめるという。皿の上にあるものへの責任と探究心を感じる。
開店早々、予約困難店となっても、その評判に安住する気配がない。さらに良くしようと、手間を惜しまず研鑽を重ねる。その姿勢に心を打たれた。
雲丹は複数の種類から選べるスタイル。数年前に天本で食べて以来の、サンタバーバラをチョイス。
これがくそDOPEだった。久しぶりの再会で脳内には2PAC、足元のイエローヌバックTIMBOの紐を強く締めた。
深澤、みつい。
青空から巣立った職人たちが、それぞれの美意識で鮨の世界を広げている。
その未来に楽しみしかない。
銀座 二葉鮨
明治三年、1870年創業。
銀座の奈可田を創業した中田一男氏、そして寿司の神様と称された、きよ田の初代・藤本繁蔵氏を輩出した名門。
鮨好きなら一度はその名に触れる、古典中の古典。江戸前鮨の歴史を語るうえで欠かせない一軒だ。
現在、付け場に立つのは五代目の小西親方。傍らには息子さん。
その並びだけでも脈々と受け継がれてきた店の時間が伝わってくる。
小西親方の握りは、本手返し。
手数は少なく、所作に淀みがない。種と酢飯がすっと一体になる、その簡潔な仕事が美しい。
これほどの老舗だからと、多少は身構えていた。
ところが、迎えてくれる空気は驚くほど柔らかい。歴史の重みはあっても、客を緊張させるような気負いがない。この懐の深さもまた、長く続いてきた店の魅力なのだと思う。
煮切り醤油を引いて供されたのは、鰹、筋子、雲丹。
ほかは手元の醤油で、自分好みに加減していただく昔ながらの流儀。食べ手にもひと握りの裁量が委ねられていて、それが心地よい。
酢飯は米酢を用いた、端正で古典的な仕立て。
酸が強く主張するのではなく、米の甘みが穏やかに顔を出す。古風でありながら、重たさや野暮ったさは感じない。
昔の形を守りながら、いま食べても素直においしい。
懐古だけでは終わらない、現役の古典がここにある。
今回いただいたのは、10,000円の握りおまかせ。当日電話予約
トロ
鮃
車海老
赤貝
墨烏賊
鰹
鰹
勘八
馬糞雲丹
小肌
穴子
鮪巻
干瓢巻
追加で、ホウボウと青柳。
種の質、それぞれに施された仕事、握りの佇まい。
この値段でここまで味わわせてもらえることに、率直に感服した。
高価な種を並べるだけでは生まれない豊かさがある。長い年月のなかで磨かれ、削ぎ落とされてきた仕事には、静かな説得力が宿る。
歴史を眺めるのではなく、一貫ずつ口に運び、その粋まで味わう。鮨を通じて、銀座に受け継がれてきた文化に触れるような時間だった。
二葉鮨は、日本の鮨文化の財産だと思う。
食べ終えて店を出たあとも、感動がじわじわと深くなる。本当に素晴らしい一軒だった。
とんでもないタコス屋が新富町に産声を上げた。まだインターネッツの誰も知らない新店。
barro tokyo
店主は幾度となくメキシコへ渡り路地裏の喧騒も、屋台から立ち上る煙も、その土地の味として身体に染み込ませてきたほぼメキシコ人。月島では最高のメスカルバーも営んでいる。
そんな漢が先月、タコス屋を開いた。
ここが、途方もなくいい。
注文を受けてからマサ粉をこね、成形し、焼き上げるトルティーヤ。鼻先をくすぐるとうもろこしの芳香。頬張れば焼きたての温もりとともに、穀物の滋味がじわっと広がる。
この一枚から、もうメキシコが始まっている。
レシピにも現地のストリートの息遣いがある。
ひと口かじった瞬間、遠い旅の記憶が鮮明に蘇った。
24時間稼働し続けるパーティータウンティファナ。
遊び疲れて足とちんぼを引きずり、街角で貪るように食べた、あのタコス。
あの日、あの瞬間の味と寸分違わなかった。
異国で惚れ込んだ味は帰国した途端、記憶の中でしか会えなくなる。時間が経つほど美化され、もう一度食べたいという渇望だけが残る。
その味に新富町で再会してしまった。
昨今のタコスブーム。
気になる店を巡ってきたが俺のスタンプラリーはここで終わりにする。
探し歩く理由がなくなった。
これからはこの味を食べに来る。
タコスを頬張りミネルバIPAの苦味で喉を潤す。そこへメスカルをひと口。
とうもろこしの芳香にアガベの余韻が重なる。
住所は新富町。
舌も、記憶も、すっかりメヒコに帰っていた。
今年、最も心待ちにしていた一軒が、ついに暖簾を掲げた。
世界一の鮨屋といっても過言ではないミシュラン三つ星の唯一の鮨屋、銀座青空。
そのカウンターで大学卒業後から10年にわたり研鑽を積み、34歳で新富町に独立を果たした深澤玄氏。
独立前から親方の二番手を務めていただけに、客あしらいにはすでに風格がある。客との間合い、会話の温度、カウンター全体への目配り。そのどれもが自然で、若さを感じさせない。
まずは青空で身につけた酢飯と仕事を、真正面から差し出す。
受け継いだものへの敬意と、それを自分の腕で背負う覚悟。その実直な姿に触れ、彼の人柄と力量に胸が熱くなった。
カウンターはわずか7席。
現在はご主人ひとりに、スタッフがふたり。
この小さな舞台に目が行き届いていることも、今の魅力だろう。今後、弟子を迎えて仕事を託せるようになれば、さらに表現の幅が広がるはずだ。
今回いただいたのは以下の通り。
つまみ
落花生
本アラ
白甘鯛
黒鮑
握り
墨烏賊
鱚
伊佐木
赤身
中トロ
大トロ
鰹
小肌
小柱
車海老
いくら
赤雲丹
穴子
卵
とりわけ印象深かったのは伊佐木。
背と腹をいただいたが、身の充実ぶりが実に見事。同じ一尾の中にある味わいの違いまで堪能させる、素晴らしい個体だった。
鮪は塩竈。
ここ数か月に口にした中でも、群を抜く素晴らしさ。
開店祝いとして、やま幸から最も良い鮪を譲っていただいたとのこと。独立の門出にこれほどの魚が届くことにも、彼が築いてきた信頼がうかがえる。
青空から受け継ぐ、鹿児島・大竹商店の墨烏賊と、長崎・東興産業の車海老も圧巻。思わず目を閉じ、余韻に身を委ねたくなる美味さだった。
仕入れはすべて、ご主人自身が判断しているという。
現時点での鮨は、こはるよりも青空の系譜を色濃く感じさせるものだった。
その確かな土台の上に、これから深澤氏自身の感性がどう重なっていくのか。通うたびに、その変化を見届けたくなる。
大きく化ける予感がある。
いずれ天本や一幸のように、この7席を求めて鮨好きがしのぎを削る日が来ても、少しも驚かない。
師である高橋青空氏と同じ、北海道の出身。
受け継いだ仕事の奥に、深澤玄という職人の誠実さと気概が見えた。
鮨に唸り、その人に心を奪われた一夜だった。
深澤
090-9214-6185
東京都中央区築地2-8-2 Tsukiji Base Bldg 1F
tabelog.com/tokyo/A1313/A131…
鮨を食べて一言も交わさずに親方と存分に語り合った気になる夜がある。
日本橋 高柿の鮨
おまかせに加えおこのみにも応じてくれる。
好きな鮨を、好きな順に、好きなだけ。
当日でも予約が取れる、この懐の深さがありがたい。そして驚くほど価格も抑え目。
けれど、その気安さからは想像もつかないほど、握りには凄みがある。
赤酢を効かせた酢飯は、重厚にして鮮烈。
堂々たる酸の輪郭に、緻密な温度の采配。口に運んだ瞬間、酢飯の存在感が握り全体を貫いてくる。
何度でも言う。
ここのフルボディの酢飯は、鮨を食べ歩いてきた人間ほど刺さる。経験を重ね、自分なりの物差しが出来上がった頃に、その目盛りを軽々と越えてくる。
親方とは、随分と長い付き合いになった。
それでも、一言も喋らずに食事を終えた夜など、山ほどある。
握りが置かれる。
こちらが食べる。
その余韻を受け止めているうちに、次の一貫が来る。
その間合いだけで、充分に通じ合える。
本日の白眉は、小肌といくら。
思わず目を瞑り、唸った。
感想を言葉にするより先に、身体が応えてしまう。こういう瞬間のために、何度でも鮨屋の暖簾をくぐるのだと思う。
鮨は、親方との対峙。
積み重ねてきた仕事も、美意識も、その日の覚悟も、一貫を通して受け取る。
今夜も鮨を介して存分に会話をし、深い感動を抱えて帰宅した。
寡黙な仕事の内に宿る、あの粋。
それを汲み取れないうちは、江戸前鮨を知り尽くした顔をするには、まだ早い。
昨晩、六本木でとんでもない焼肉屋を発見してしまった。
欲望が交差点にまで滲み出す街。
ハスラー、青年実業家、ボウラー。どないや付近の細い路地ですれ違ったらエア電してしまうOGの方々。
野心と虚栄、札束と下心が同じエレベーターに乗り込む、コンクリートジャングル東京の濃縮還元。
それが六本木だ。
そんなイカれたストリートに、突如として現れた焼肉屋。
まだ開店して間もないのだが、まず値段がおかしい。
肉も、サイドメニューも、ドリンクも、ほぼワンコイン。
六本木で500円。
一瞬、メニューの右端が見切れているのかと思った。
これを読んだ人は、安楽亭や安安のような、気軽に腹を満たせるチェーン店を思い浮かべるかもしれない。
その予想で網に肉を置くと、脳の処理が追いつかなくなる。
仕入れにどんな背景があるのか。
利益をどこで確保しているのか。
店主が採算という概念と絶縁しているのか。
そのへんの事情は一切わからない。
ただ、確実に言える。
これは500円で出てきていい肉ではない。
その価格に面食らっていたら、キムチもナムルもスープも、きっちりうまい。
そして米。
ここで私は陥落した。
硬めに炊き上げられた白米が、焼肉を迎え撃つ万全の態勢で待っている。
わかっている。
この店は、焼肉屋における白米の責任をわかっている。
うれしくて、つい涙がこぼれた。
なぜ六本木のこの場所に、こんな店が生まれたのか。
その不可解な幸福を咀嚼しながら、ボブルヘッド人形のように首をぐりぐり振ってしまった。
感動の頷きが過剰になり、途中からほぼヘッドバンギング。
焼肉を食いに来たのに、私だけ最前列の客だった。
開店して間もない今なら、まだ当日予約が取れる。
ただ、この猶予は長くないと思う。
値段だけで人が来る店は珍しくないが、ここには食べ終えた人間が誰かを連れて戻ってくる理由がある。
港区を40年以上サバイブしてきた私の中で、六本木で焼肉を食うならここ、という旗が一瞬で立ってしまった。
だから本来、黙っているのが正解だ。
公開すれば、自分の予約が取りづらくなる。
自分で自分の首を、丁寧に絞めるようなものだ。
しかし、私はマウンティングゴリラである。
こんな店を先に見つけたという優越感を、胸の内だけで飼育できるほど人間ができていない。
結果、躊躇なくこのポストを書き上げてしまった。
本気で知りたい人だけ、そっといいねをしてほしい。
裏垢女子でも、裏垢男子でもいい。
誰にも言わず、こっそりファンティアに課金しているあんたでもいい。
その秘密を守る慎重さで、この店の話も扱ってほしい。
家族にも、仲間にも、クラスメイトにも、上司にも。
このポストの存在は、くれぐれも他言無用で頼む。
まずはお一人で、静かにいいねを押してください。
そっと耳元で、あなただけに店名をお伝えします。
バズりちらかしてるチルコドーロのジェラートの通販を見つけてしまった。
お気に入りの銀シャリは販売されてないけど名物のピスタチオはある。
1カップ1,080円する。美味いよ。
サイトの作りがまたアングラでいい。
circodoro.jp/itiran.html
こんな美味いジェラート食べたことない。ひと口でそれまでのジェラート観がひっくり返った。
支払いは現金のみ。
いまだに、お会計〇〇〇万円になります、ちょうど万円お預かりします、と桁を水増ししてくる昭和の会計芸の残党。
その店主がくそゲトい。
ジェラートの口当たりと、店主の人当たりにはかなりアンビバってるで注意。
店内で食べる作り立ては、柔らかく、舌の上でほどけるような美味さ。あれで十分ぶっ飛ぶのに、テイクアウトのカップまで抜かりなく美味い。
特に銀シャリ。
米の風味を添えました、程度の生半可な代物じゃない。米粒の存在感がすごい。なめらかな口溶けの中に、米を噛む楽しさがちゃんと残ってる。
ジェラートを食いに来て、米の底力を思い知らされるとは思いもしないだろう。
大阪・中央区の定食堂 金剛石へ。
全国津々浦々、抱いた女の数だけカレーを食べてきたが結局ここに戻ってくる。何度食べても、やっぱり美味いビフ。
今回はキーマとオイスターのあいがけ。
肉の旨味と牡蠣のコクにスパイスの香りが幾重にも重なる。そこへ米が入ると全部がぴたりと収まる。この一体感がすごいビフ。
アチャールも抜かりない。酸味と歯触りがいい仕事をして一口挟むたびにまたカレーを頬張りたくなる。皿の隅まで食欲を途切れさせない。
スパイス好きが唸る奥行きがありながら誰が食べても素直に美味いと思える親しみやすさがある。
しかも私が行くときは意外とすんなり座れる。
この味に、この気軽さ。つくづくいい店ビフなあ。
こんな美味いジェラート食べたことない。ひと口でそれまでのジェラート観がひっくり返った。
支払いは現金のみ。
いまだに、お会計〇〇〇万円になります、ちょうど万円お預かりします、と桁を水増ししてくる昭和の会計芸の残党。
その店主がくそゲトい。
ジェラートの口当たりと、店主の人当たりにはかなりアンビバってるで注意。
店内で食べる作り立ては、柔らかく、舌の上でほどけるような美味さ。あれで十分ぶっ飛ぶのに、テイクアウトのカップまで抜かりなく美味い。
特に銀シャリ。
米の風味を添えました、程度の生半可な代物じゃない。米粒の存在感がすごい。なめらかな口溶けの中に、米を噛む楽しさがちゃんと残ってる。
ジェラートを食いに来て、米の底力を思い知らされるとは思いもしないだろう。






























