平然とこの狭いところを通り抜ける路線バスに驚き。
それ以前にこの何の日本の文化でもない公道カートは一刻も早く規制をかけてほしい。
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日本の路線バスってその土地に慣れていない日本人にとっても難しいのに、ましてや日本語がわかるわけでもない外国人が支払い方法なんて理解できるわけがない。
インバウンドで人ばかり押し寄せて整備が追いついてない日本社会の典型例なのではないか。
京都にて。市営バスを降車しようとしたところ、私の前の外国人カップルが支払いに苦慮しており、どうしても残り100円が現金で用意できないようだった。このままでは私自身が永遠に降りられなさそうだったので、「私がここで100円払うから、代わりにそこの外の自販機で何か飲み物買ってくれない?」と申し出た。外の自販機ではその外国人が対応可能な支払い方法は用意されておらず、結果的に私がただ100円を支払って終わったのだが、この場合、どうするのが一番良かったのだろうか。
無論、「バスに乗る前にICカードに十分な金額をチャージしておくなり現金を用意しておけ」というのは言うまでもないことだが、それよりも、私自身がそのバスからいつまで経っても降りることができないのが問題だった。今になって思えば、「お前たちのことは知らないから私を先に降ろせ」と言えば良かったのか?
それにしても、バスの運転手も私が支払うことについて何も言わず、そのまま受け取っていたが、私が申し出なかった場合、いったいどうなっていたのだろう。そして、このような状況の発生は観光地では決して珍しいことではないと推察されるが、一般的にバス会社や乗客はどのように対応しているのだろうか。
私が一番悔いていることは、急いでいたということもあり、降車後に「もう気にしなくていいよ。じゃ」というような感じでアッサリその場を離れてしまったのだが、たとえば「気にしなくていいよ、ただ、その代わり、あなたたちが日本を出るまでに誰か日本人に対して善行をしてくれ」と言えば良かったなということ。願わくばあのカップルが自発的にそうしてくれていることを願いたい。
たかが100円、されど100円。ご意見があればぜひ賜りたく存じます。
ツアーガイドの求人を出してみて落ち込んだ話。
ツアーガイドの募集をかけた途端、応募がどんどん届く。
最初は「ありがたいな」と思って履歴書を開いていったけど、読み進めるほど胸が重くなった。
名前を聞けば誰でも知っているような大企業で働いていた人。
海外駐在まで経験している人。
管理職として何十年も会社を支えてきた人。
そんな人たちが、60歳を少し過ぎただけで
「時給1,500円のツアーガイド」くらいしか選択肢がないって。。。どゆことやねん。
本人の努力とか能力とか関係なく、
年齢を境にキャリアがストンと落ちるように閉じていく感じがして、読んでいて本当にしんどかった。
日本で「キャリアの最後」がこういう形になってしまうのっておかしくないか。
こんな終わり方しか用意されていないなら、どんなに頑張っても報われないじゃん、って思ってしまう。
この国の働き方、どこか根本からズレてる。
と思った若干25歳の感想。
この間ツアーガイドをしていて感じたこと
日本人=
良いものに出会ってもとにかく買うか悩む。「必要かな」「また今度でいいか」で先延ばしして、結局買わない。
外国人=
良いものは即決。価値があると判断したら即決。迷わないし、後悔もしない。
これじゃ日本の経済は30年間発展しないわけだ。
高単価=富裕層って思われがちだけど、実際はそうじゃない。
「気に入ったものには惜しまず払う人」が、一番強いし、一番満足度が高い。
お金があるかどうかじゃなくて、その体験や価値にどれだけ熱量を持てるかで決まる。
現場にいると本当にそれを実感する。
富裕層でも興味のないものには一円も払わないし、
逆に学生でも「これは自分にとって大事だ」と思えば、高い体験を選ぶことは普通にある。
だから高単価の体験を作ろうとするとき、
“ターゲット属性”を絞る発想よりも、
「この体験を好きになってくれる人はどんな感情を持っているか」を掘り下げたほうが早い。
最終的に動くのは収入じゃなくて熱量。
ここを理解している体験は、価格に関係なく選ばれていく。
浅草でも京都でも、体験を見て回っていると「どこも似てきたな…」と感じる瞬間が増えた。
抹茶、着物、写真スポット。この3点セットを出せばとりあえず形になる、みたいな空気がある。
でも、旅って本来は“その場所にしかない理由”を探しに行くものだと思う。
もちろん、どれも良い文化だし否定したいわけじゃない。
ただ、「はいどうぞ」「次はこちらです」という流れ作業のような体験だと、ゲストの心に何も残らない。
サービス自体は丁寧でも、“この店だから良かった”という記憶になりにくい。
一方で、同じ抹茶でも、同じ着物でも、
そこに「なぜこのやり方なのか」「ここでしか聞けない話」がある店は、値段が少し高くても選ばれている。
ゲストは文化体験を消費しに来ているのではなく、“自分の物語にできる時間” を探しに来ているからだと思う。
観光地だから人が来る時代はもう終わって、
「その空間に自分が存在する意味」を感じられるかどうかが勝負になってきている。
浅草も京都も観光の激戦区だからこそ、そこで差が出るのがよくわかる。
最近ほんとうに感じるんだけど、
日本のインバウンドは今「分岐点」に来てる。
「安くて良い日本」のまま突っ走るのか、
「ここでしか体験できない日本」に振り切るのかで、
3年後の立ち位置がまったく変わる。
円安という追い風で旅行者は増える。
でも、増える=儲かるではないのは、現場で仕事してる人ほどわかってるはず。
むしろ今、安さを売りにし続けてしまうと、
じわじわと「値下げしないと選ばれない構造」に巻き込まれていく。
逆に、体験価値をちゃんと作り込んでるところは、
価格が高くても予約が止まらない。
「高いから行かない」じゃなくて、
「ここなら払う理由がある」を作れている。
観光はモノの売買じゃなくて、旅先での感情の編集なんだと思う。
何を見せるかじゃなくて、
ゲストが「ここに来てよかった」と思う理由をどれだけ渡せるか。
インバウンドの数字が伸びてる今こそ、
単に来てもらう形じゃなくて、
どういう旅を提供するのかを、
国・地域・事業者すべてが改めて考えるタイミング。
「安さの日本」で勝負するか、
「価値の日本」で勝負するか。
ここで分かれる。
ほんとに。
【10アイデア】あなたの地域ですぐ作れる「高単価体験」
1. 朝の市場で仕入れ→そのまま料理体験
2. 地元職人の工房見学+ミニ制作
3. ローカル居酒屋はしご“文化解説付き”
4. 早朝神社散歩+参拝作法の意味
5. 家庭料理×ストーリーテリング
6. 祭りの裏側同行
7. 田舎の生活動線を一緒に回る
8. 季節の軽作業体験(収穫・手入れ)
9. 特定テーマ散歩(建築/アニメ/音/植物)
10. “地元の友達に会いに行く旅”の擬似体験
全部、派手な投資いらないやつ。
この間、浅草の抹茶体験に行ってきた。
60分3,500円。
相場は10,000円なのに、なぜこんなに安いのか聞いてみたら、
「こんな体験にそんな価値はない。家業だから利益はそこまで求めていない」と一蹴り。
正直、刺さった。
現場で話を聞くと、日本の“安さの構造”がどこにあるのかハッキリ見えてくる。
良いものを作っていても、自分で価値を下げてしまっているケースが本当に多い。
日本の安売りは、どこかで止めなければならない。
あなたの体験には価値がある。
だったら、その価値を“ちゃんと伝える”ところから逃げてはいけない。
価格競争ではなく、価値競争へ。
ここを変えない限り、日本の観光は本当の意味で育たない。
絶対に。
ブルネイの観光政策、正直かなり驚きだった。
観光地はほぼ整備ゼロ。空港ですらお土産が一つもない。
それでいて象徴として7つ星ホテルだけは堂々と置く。
「観光客に来てほしい」じゃなく「来るべき人だけ来ればいい」という思想が完全に透けている。
観光を産業ではなく、“国家の価値観を守るためのフィルター”として使っている感じ。
日本とは真逆だ。
日本は「もっと来てほしい」「消費を増やしたい」と言う。
ブルネイは「無理に来なくていい、価値観が合う人だけでいい」。
どっちが正しいとかじゃなく、“数を追うか・世界観を守るか”でここまで形が変わるのかと考えさせられた。















