改めて私が何をしている人間なのかをまとめてみました。自己紹介2026verです。
note.com/denkiry/n/nd07a5d34…
最近、朝起きてやることは、夜通しつけっぱなしのPCを確認して、私が寝ている間にclaude codeが作ってくれた成果物を確認することだ。エージェントをいくつも立ち上げて、調べ物も請求書管理もちょっとした企画の素案も、まずは作ってもらう。頭の中が常にうるさすぎて、まず作り出す作業ができない私にとって、この習慣ができたことは革命に近い。
今やclaude codeがいないと生きていけない状態ではあるが、ほんの少し前までは、AIにエージェントをやってもらうことの感覚を掴むことができなかった。それはわたしの中に脈々と流れるアシスタント魂が、頼み方をよく理解させてくれなかったのだと思う。
美大の学生時代、自分の技術で人に喜ばれて、さらにお金までもらえるのが楽しくて、課題そっちのけで美術系・デザイン系ののアルバイトにのめり込んでいた。
Twitterで「アシスタント募集」と書いてある投稿に片っ端からDMしまくり仕事を得た。Photoshopで2000枚ぐらいの写真をひたすら正方形にトリミングする在宅仕事もあれば、大道具の模型を作りにテレビ局まで行って深夜から朝まで稼働する仕事も。中には食事だけ支給という今では考えられない条件のものもあったし、無償インターンとかいうどっちだよという感じの契約形態も見たことがある。しかし当時、それでもアシスタントになることはそれだけで価値のあることで、まずアシスタントになって自分の能力を発揮し、自分という人間がいかに使えて自社に貢献できるかをアピールして道を開こうともがく人は多かったように思う。そうこうしていると、社内の人から「相談なんだけど、バナーとか作れる?デザイナーのスケジュールが合わなくて」と突然チャンスが降ってくることもあり、そこで数千円の小さな仕事につながることもあった。
そしてそれらの仕事を実績としてアピールし、存分に就活や営業に使わせていただいた。運よくそれで繋がった縁もあるし、今でも交流がある人や会社もある。
そういったことはもうAIがやってくれる。ソフトウェアだけかと思ってたら、フィジカルAIというやつもよく聞くようになってきて、いよいよ人間は人間に仕事を頼まなくなるだろう。Xで「今はAIがなんでもやっちゃうから、学生さんや未経験者が実績を積めなくなる!」という意見をちらほら見たが、もう実績とは半端な状態で積むものではなくなっているのかもしれない。
美大は体育会系だ。先輩の卒業制作を全後輩が手伝う文化があり、講評ではボコボコにされる。理不尽も込みで下から順番に上がっていくのが当たり前の世界。
その空気はデザイン業界にもうっすら残っていて、いわゆる「スーパーアシスタント」を除く、歴の短い人たちがいれる段が「アシスタント」。できなくても、厳しいことを言われながら許され、現場で見て、手を動かし、少しずつ上がっていく。
その下の段を、今AIが丸ごと引き受けようとしている。這い上がるための足場そのものがなくなる。それは、「未熟者」がいなくなることを意味する。
それは決して寂しいことだとは思わない。理不尽を込みで下から上がっていく構造は、そこにいた人たちの我慢で成り立っていたようにも思う。
わたしの場合、アシスタントをしたことによって審美眼が磨かれたかといわれると別にそうでもないかなと思う。代わりに、空気の読み方や、人との繋がりの方だった。
ただ、厳しくなる。
今のままだと「未熟者ですが…」という殺し文句が使えなくなる。
わたしは20代の頃はほぼ「未熟者でして💦」でなんとかやってきたが、それでずっと現場にいることができた。今の若い人はそういうわけにもいかないのかもしれない。
となると、人材育成の定義からそもそも変わってくる。「未熟者枠」が消えるので、下積みで育てるという前提から脱却し、AIを使いこなして最初から前に出ていく人をどう支えるか。その構造を問い直さないといけない。
「未熟者」の定義が変わる。新たな形の「未熟者」が現場にいれる方法を、私たちは新しく考え始めないといけない。
未熟者ながらそんなことを思う。
この話を読んで、2013年の東京造形大学の入学式での、当時の学長諏訪敦彦さんの式辞を思い出した。名文なのでぜひ
zokei.ac.jp/news_archives/20…
僕は美大に行ったけれど、今の時代、デザイナーになるために美大で学ばなければいけないとはまったく思わない。専門学校でもいいし、普通大学でもいい。独学だっていい。これからの時代はデザインの技術やソフトの使い方だけを考えれば、むしろ今は学校に行かなくても学べることがたくさんある。AIが出てきたことで、その傾向はこれからますます強くなっていくと思う。
それでも、僕は美大に行ったことには大きな価値があったと思っている。
そのひとつが、一見すると仕事には直接結びつかないような「遠回り」ができたことだ。
デザイナーという仕事は、デッサンがうまいとか、ソフトが使えるとか、仕事が速いとか、そういう実務的なスキルだけでできているわけではない。
もちろん、高いレベルでのクラフト力は必要だと思う。
でも、それ以上に大切なのは、
ものをどう見るのか。
何を美しいと思うのか。
社会をどう捉えるのか。
いま起きていることをどう解釈するのか。
そして、まだ存在していないものをどう想像するのか。
そういう、その人自身の「世界の見方」だと思う。
そして、その世界の見方をつくっているのは、デザインだけではない。グラフィック、プロダクト、建築、写真、映画、美術、音楽、文学、ファッション、都市、自然、科学、哲学、歴史、社会。
一見、自分の仕事とは関係がないように見えるものに興味を持ち、寄り道し、深く潜っていく。
そうやって多分野を行き来するうちに、それぞれの点が少しずつつながっていく。そして、そのつながり方そのものが、その人にしかない「視点」になっていく。
僕は、美大の価値は「デザイナーになる方法を教えてくれること」ではなく、そういう遠回りを許してくれる場所だったことなのかもしれないと思う。実際に僕は、デザインはそこそこに、アートや映画、写真、パフォーマンスなど他の分野にも深くのめりこんだ。変わったものが好きな友人たちや個性的な先生たちから多くのことを学んだ。
すぐに役に立つものだけを学んでいたら、たぶん身につかなかったものがたくさんある。
効率だけを考えれば、遠回りは無駄に見える。
でもクリエイティブの世界では、その無駄に見えた時間が、10年後、20年後にその人の大きな差になる。
だから僕は、これからのデザイン教育に必要なのは「デザイナーになるための最短距離」を教えることではなく、むしろたくさんの遠回りができる環境をつくることなんじゃないかと思っている。
特にAIによって「つくる技術」が急速に民主化されていくこれからの時代は、なおさらだ。
つくれること自体の希少性が下がれば下がるほど、
何を見るのか。
何を選ぶのか。
何を問いとして持つのか。
何と何をつなげるのか。
そして、どんな世界をつくりたいと思うのか。
その人がこれまで何を見て、何を考え、どんな遠回りをしてきたのかが、クリエイターとしての価値になっていく。
最短距離で身につく技術よりも、
遠回りの中でしか育たない視点がある。
僕にとって、美大で学んだ一番大きなことは、そういう美しくも無駄なものたちだったと思う。
>個人的には美大に入るための予備校で、デッサンしている後ろで竹刀を持った先生が立っていたり、
し、竹刀!?すげえ、どこの予備校だろう。。。。
元美大生でデザインの仕事をしていますが、美大生がなるべき職かはどうでも良いと思っている。独学でも美大出身よりセンスの良いデザイナーさんはたくさんいる。
個人的には美大に入るための予備校で、デッサンしている後ろで竹刀を持った先生が立っていたり、数日かけて完成したばかりの絵をキャンバスごとビリビリに破られたり、上手い順に並べられたりしていた経験が今の仕事に生きていると感じる。
デザインの仕事を続けていくには、センス以上に体育会的根性が必要。己のちっぽけなプライドは常に打ち破っていかなければならない。私は生まれつきの美的センスがなく、描いた絵を上手い順に並べられていつも最下位でしたが、今はありがたいことにお仕事をいただけている。
そしてもしこの先デザインの仕事ができなくなったら、予備校時代に身につけた体育会的根性を活かせる仕事をすれば良いと思っている。
アクセシビリティツリーを使いデスクトップ上をマウス操作したりキーボード入力したりするAIエージェントが現れ、ソフトウェアやウェブサイトにアクセシブルな情報を追加する流れが複合的に発生するのかもしれないけど、それはその先にいる人たちを見つめることとは全く違うことであり、我々はこのエージェントが動く情報が本来何のためにあるを知っておく必要があると思う。
AI時代のデザイナーのあり方はデザイナー同士では話すけど、それを企業や社会が具体的に求めてるような感じがイマイチ見えてこないのが不安要素の1つでもあると思いますね。本当にそれやるんだったら「ちょっとビジュアルに強いコンサル」でも良いと思われてしまいがちなわけで。職種としてもきちんとあらわれないし、社会も今デザイナーをどう扱えばいいかわからないというのをひしひし感じるのがしんどいというか。
デザイナーの78.8%、AIを毎日利用 キャリアに不安50.9%
nikkei.com/article/DGXZQOUC1…
江東区でバリアフリーの基本構想についてのパブコメが実施されます。バリアフリーを、従来のハード整備から情報・ICT・接遇まで拡張する素案。区内在住・在勤・在学の方はぜひ!
city.koto.lg.jp/390100/barri…
株式会社方角のサイトを、一時的に、基本情報のみを掲載する形に変更いたしました。
当社は2021年の設立以来、多くのサービスのクリエイティブを手がけてきました。制作会社のサイトで、これまでの制作物が見られないのは普通の状態ではないと思いますのでちょっと理由をお話しさせてください。
Webサイトを例にとると、AIが浸透したいま、Webサイトはどのような価値を発揮するものなのでしょうか。情報を探す入り口はキーワード検索から自然言語での問いかけに変わり、人がWebサイトにたどり着くまでの道筋そのものが変わりつつあります。Webサイトの役割は、これから大きく変わっていくはずです。
これはWebに限った話ではありません。グラフィックも、プロダクトも、建築も、「作る意味」があらためて問われています。作ること自体の価値が揺らぐなら、残るのは「誰が誰のために作るか」だと私たちは考えています。
そう考えたとき、これまでの実績とこれから私たちが目指す方向性は今少しのギャップが生まれています。それはなんだかみなさまに嘘をついているような気がしてきてしまったのです。これを整えるために、まずはシンプルな形で情報をお届けします。
現在、当社は事業の再編を進めています。より一層、「つくる」ことを根本から問い直す会社にしていきます。再編の内容は年内に発表いたします。
なお、現在ご依頼いただいている案件は、これまでどおり対応いたします。新規のご相談も受け付けております(情報が少なくてすみません)。シンプルになったサイトまでご連絡ください。
hogaku.co.jp
引き続き、発信をしてまいります。














