호이 retweeted
突然気づいちゃった。
「机さする」は、「人魚の肉を食べなかったifの世界」の歌なんだ。
つまり「ハチワレ・うさぎを失ったちいかわの歌」であり「モモンガを失ったカニちゃんの歌」であり「シーサーを失ったくりまんじゅうの歌」であり「フタバを失ったヒトハの歌」なんだ。
なんでこの映画のエンディングで
死んだ人を想う曲なんだろうってずっと思ってた。
覚えてるけど忘れそうで怖いなんて、
考えもまとまらないまま朝になったり、夜になったりするけど明日が来たわけじゃないなんて、
鳥や猫やさかなの中に「いる」と思うのも自由だなんて、
大切な命を失った時としか考えられない。
ただ、この映画も、ちいかわ本編も、大切な人を失うシーンはまだ出てきてない。
どこどこまでも平和な、日常が繰り広げられ続けてる。
パジャマパーティーズですら、完璧な死亡フラグをへし折って戻ってきたしね。
でも、この映画のテーマって、その「どこまでも続く平和を一緒に紡いできた、大切な人を失いかけた時、あなたはどうする?」ということで
本編内ではヒトハは罪を犯すことを選び
ちいかわはそれを理解して黙秘することを選んだ。
その罪は許されることではないから、神は罰を与えに来るけれど。
でも、もし罪を犯さなかったら。
人魚の肉を手に入れず、フタバがそのまま死んだら。
そのヒトハに寄り添う歌が
「机さする」なのだ。
映画を見た先で、それでもやはり罪を犯してはいけない、と結論づけるのだとしたら、
大切な人の死を受け入れなければいけない。
その孤独に、この歌は寄り添う。
朝が来ても明日が来ないことに絶望する人を、肯定する。
だからこの歌はちいかわ名義じゃない。
青木遥の声を借りた、ナガノ先生の歌なんだねーーーーー
天才すぎるねーーーーーーー神だねーーーー
「人魚の肉を食べなかったifの世界」
つまり
「人魚の肉なんてなく、大切な人は死ぬ世界」
「永遠のいのちなどない世界」
つまり
「現実」
の私たちの歌。
「あの花瓶」を買って飾るのは
ちいかわ達とは別に、ヒトハやフタバにもある思い出のひとつで
パラレルなことの示唆なんだろうね。
稀代の詩人すぎるだろ。

































