現役18年目の保育士。NHK Eテレ『ハロー!ちびっこモンスター』レギュラーなど。著書は育児本カテゴリ1位・2位を独占。18年の現場の実感と、科学的な裏付けの両方から、今日の子育てにすぐ使えるヒントを発信しています。お仕事依頼はHPか、アミューズまで。

Joined September 2012
よく言われる「子どもが1歳なら親も1歳」という言葉、僕は間違いだと思っています。小さな子は1歳違えば別人です。できることも、言うことも、求めることも全く違う。だから子どもが4歳なら、親は4歳ではなく「4歳の親1年目」だと思います。 3歳児の親として積んだ経験は、4歳児の前ではほとんど役に立ちません。昨日通じたやり方が今日は通じない。そんな中で分からないからイライラするのは、仕方のないことです。 そして、お子さんも4歳になったのは初めてで、同じように分からないことだらけ。分からない同士が一緒にやっているんだから、大変な日があって当然。 なんなら子どもは1日単位で変わります。今日のその子の親としては、親は1日目。毎日が初めてで、手探りで、失敗する。 何の解決策にもならない話で申し訳ないですが、絶対に自分を責めなくていいと思います。これだけ伝われば嬉しいです。急に絡んですみません。
0歳にはイライラしないのになんで4歳にはイライラするんだろ まだ4年しか生きてないのに 私は何十年生きてんだよ はーーーー、自己嫌悪
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【ハロー!ちびっこモンスター🦖】 いつでも見られるようになりました✨️ NHKオンデマンドで配信スタート てぃ先生の特別メッセージも到着! これから続々配信します🎃 #ちびっこモンスター #てぃ先生 #子育て nhk-ondemand.jp/program/P202…
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ポツンと一軒家、放送中です!📺
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本当に反省した人は、罪や過ちを武勇伝のように語りません。 誰にでも、思い出すと気持ちが重たくなる「やってしまったこと」が一つはあるはずです。人の心を傷つけた。大切なものを壊した。それを笑いながら話せる人はいません。 では、なぜ大人になっても、それを誇って語れるのかというと、悪いことをするほど注目されるような世界で生きてきたからです。 その世界は、大人になってから突然できあがるわけではありません。悪さをするほど、周りが騒ぐ。笑う。みんなが自分を見る。この経験が積み重なった人は、悪さを隠さなくなり、むしろ見せるようになります。問題は人格ではなく、罪や過ちが価値として通用する世界から、まだ抜け出せていないことです。 「罪を犯した人を、社会がどう受け止めるか」という視点は、確かに大切です。ただ、その人を受け止めることと、その人の罪や過ちを売り物にすることは別です。しかも、その売り物の中には、いまも傷を抱えたままの被害者が使われています。 罪や過ちを面白さやキャラクターとしてテレビやネットにのせれば、注目と知名度に変わります。それは罪や過ちが価値になる世界から抜け出せるように、社会が支えるどころか、ますますその世界に依存させることになってしまいます。 更生を支えることと、罪や過ちを売り物にすることを混同してはいけません。社会が支えるべきなのは、それを価値にしなくても、生き直せる場所だと思います。 news.yahoo.co.jp/articles/fd…
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余震で揺れたら、お子さんの頭が、大人のおなかの下に来るようにしてください。テーブルなどがあればその下で、なければその場で、両ひじと両ひざを床について、お子さんに覆いかぶさってください。 地震のケガで多いのは、倒れてくる家具と、上から落ちてくる物です。小さい子は、とっさに自分で頭を守れません。だから、大人の体で守ります。 そして、大人はゆっくり動いて、低い声で話してください。「大丈夫。ママは、パパはここにいるよ」くらいで十分です。子どもは、揺れそのものより、大人の大きな声や、あわてる姿に驚きます。こわいかどうかを、親の顔と声で決めているからです。大人がゆっくり話すと、子どもも落ち着きます。 たっぷり抱っこして、しばらくは腕の届くところでいっしょに寝てあげてください。それだけで、ずいぶんと落ち着きます。夜中の地震ですが、まずは大人が冷静に行動しましょう。
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NHK Eテレ『ハロー!ちびっこモンスター』🦖 甲子園で放送時間がズレましたが、いま放送中です! 今回はお出かけ編📺 歩いてくれず抱っこになったり、買い物中に商品を触ってしまったりなど、すごく悩んでいるそうです!「お出かけの自信をつけたい」というママ、どうなるか。ぜひご覧ください!
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この園は、配置基準を満たしていました。0歳児12人に保育士4人。国の基準「3対1」の通りです。それでも事故の瞬間、2人は保育室、1人は事務室、廊下で保育士1人が、9人を見ていたとのこと。 午後2時50分ごろに発生ということは、0歳児クラスの人手が、かなり散らばる時間帯です。まだ寝ている子には5分おきの呼吸チェック。起きた子から順に検温、おむつ交換、必要があれば着替え、おやつの準備。寝起きの0歳児は泣きます。2人・1人・1人は、この時間帯の0歳児クラスなら、自然な割り振りとも言えます。 「3対1」という数字は、保育士がずっと子どものそばにいられて、はじめて成り立ちます。でも実際は、連絡帳、保護者対応、配膳、食後の片付けなど、どれも欠かせない仕事があり、そのたびに人が子どもの前から抜けます。 つまり、数えなければいけないのは「園にいる保育士の数」ではなく、「そばにいられる人数」です。この当たり前のズレが、何十年も放置されてきました。 事故の直前に保育士は、つかまり立ちをする子の転倒に備えて、左手でベビーフェンスを支えていました。その手を、泣きながら向かってきた別の2人を受け止めるために離した。どの園でもあり得る場面であり、間違った行動ではありません。 正しい行動同士がぶつかったとき、体がひとつなら、どちらかを手放すしかない。このどうしようもなさが保育現場の毎日の葛藤であり、この事故の原因でもあります。 保育士はリスクを知らなかったわけじゃない。知っていたから、左手で支えていました。だから再発防止を「研修」や「注意喚起」で終わらせるのは間違っています。研修をいくら重ねても、そばにいられる人数は1人も増えないからです。 もう一つあります。「立ちたい」に応えたことも、正しい保育だということです。事故のあと、現場は萎縮します。でも教訓が「立たせない」になれば、今度は全国の子どもから発達の機会が奪われます。必要なのは「立たせない運用」ではなく、「立たせられる体制」です。 だから、保育士を責めるのは違います。「0歳から預けるから」と保護者を責めるのも違います。同じ配置は今日も全国の園で、合法的に成立しています。違いは運だけです。責めるべきは人ではなく、この構造です。 4・5歳児の基準は2024年度に76年ぶりに見直されました。0歳児の3対1は、四半世紀以上そのままです。その間、足りない分を埋めてきたのは制度ではなく、現場の努力と踏ん張りです。 保護者が安心して預けられること。何より、子どもが健やかに過ごせること。保育の質を高めていくこと。そのすべてが懸かっているのは、園にいる人数ではなく「そばにいられる人数」です。机上ではなく、現場に即した仕組みに変えなければ、保育士がどれだけがんばっても事故は起こります。 保育無償化に、この4月から始まった「こども誰でも通園制度」など、子どもと保護者を応援する政策は、どんどんやってほしい。ただ、その保育を担う保育士の労働環境や待遇に同じ熱量で目を向けなければ、保育の質は上がりません。預け先が増えても、質が置き去りなら、損をするのは結局、子どもと保護者です。保育士を支えることは、保育士のためだけじゃありません。子どもと保護者を守ることそのものです。 news.yahoo.co.jp/articles/d2…
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このあと、夜7時からはNHK Eテレ『ハロー!ちびっこモンスター』です!🦖 3歳の絶叫するかんしゃくに悩むママとパパ。家事は得意だけど、育児は苦手というパパが自ら番組に応募してくれました!果たしてどうなるか?ぜひご覧ください!📺
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てぃ先生 retweeted
子どもを叱るとき、夫婦のどちらかが「フォロー役」にまわる。よくあることですが、やり方を間違えると、家族の中に悪者を作ってしまいます。 まず大前提として、叱るのはいつでも「子どもの行動」に対してです。「人格」ではありません。 たとえば、子どもがおもちゃを投げたときに、「おもちゃを投げたら危ないよ」と言うのは、行動を叱っています。でも、「なんでいつもそうなの」「何回言ってもわからないよね」は、叱っている対象が行動ではなく、その子自身に変わっています。 だから、夫婦でまず共有しておきたいのは、「叱るのは行動だけ」ということです。 叱るのは基本的に一人でいいです。二人がかりで責めると、子どもに逃げ場がなくなります。そのうえで大事なのは、叱る基準をできるだけそろえること。両親の言うことがそろっていたほうが、子どもには「これは本当にダメなんだ」と伝わりやすくなります。 そして、「子どもを叱る」というテーマのとき、よく言われるのが「親のどちらかは、フォロー役になったほうがいい」という話です。たしかに、子どもへのフォローは大事です。でも、フォローの優先順位を間違えると、家庭の中に別の問題が生まれます。 叱られている子どもを見ると、かばいたくなります。泣いていたり、落ち込んでいたりすると、助けたくなる。でも、叱っているパートナーの前で、もう一方がすぐに子どもをかばうと、叱ったほうだけが悪者になります。 たとえば、ママが叱っているとします。その途中で、パパが「もういいじゃん」「ママ、怒りすぎ」「こっちおいで」とかばってしまう。その瞬間、子どもは安心するかもしれません。でも、これが続くと、子どもの中に「叱るママ」と「助けてくれるパパ」という役割ができてしまいます。 すると、子どもは自分の行動を振り返るより先に、助けてくれるパパのところへ行くようになります。注意された内容を反省するよりも、叱る親から逃げることを覚えてしまうんです。 そうなると、叱った親はどんどん孤独になります。自分だけが嫌われ役。子どもにはイヤな顔をされ、パートナーもわかってくれない。そんな状態で、次も落ち着いて叱れるでしょうか。たぶん、難しいです。 叱っている親が、つい言葉を強くしてしまうのは、その人の性格が悪いからではありません。余裕がないからです。本当は叱りたくない。でも、叱らないといけない。子どもには「こわい」と言われる。叱ったあとで「また言いすぎた」と落ち込む。それでも次の日には、また同じことを注意しなければいけない。その積み重ねで余裕がなくなり、言葉がきつくなるんです。 だから、もう一方の親がまずやるべきなのは、子どもをすぐにフォローすることではありません。叱っているパートナーを孤独にしないことです。 「ママの言っていることは大事だよ」「投げたら危ないからやめよう」このくらいでいいんです。叱っているパートナーの味方をしながら、子どもの行動に線を引く。 もちろん、叱っているパートナーを支えることと、子どもを傷つける言葉を放っておくことは違います。人格を否定する言葉まで出ているなら、そこは止めたほうがいい。ただし、そのときも叱っている親を悪者にするのではなく、「一回落ち着こう」と仕切り直す形がいいです。 そして、自分が叱る役になったときには、絶対に避けたい言い方があります。 「そんなことすると、ママに怒られるよ」です。 これは、一見よくある注意に聞こえます。でも今回の例では、叱る責任をママに押しつけているだけです。子どもも、「何が良くないか」ではなく、「ママに怒られるかどうか」で判断するようになります。パパはいい人のまま、ママだけが嫌われ役になる。ずるいやり方です。 だから叱るときは、親のどちらかを怖い存在にしない。「ママに怒られるからやめよう」ではなく、「危ないからやめよう」と伝える。 そして、もちろん子どもへのフォローも忘れないでください。「さっきは、おもちゃを投げたことを注意したんだよ」「大好きな気持ちはそのままだよ」。これがあると安心して、「自分は嫌われた」ではなく、「この行動を直せばいいんだ」と考えられるようになります。 叱る人を孤独にしないこと。子どもを安心させることと、叱っている親を悪者にすることを混同しないこと。これができれば、叱る親に余裕ができて、子どもへの言い方も少しずつやわらかくなります。人格を責めるところまでいかずに、行動の話で止まれるようになる。それが結局、子どものメンタルを守ることにつながります。 子どもを守るために、叱っている親も守る。 フォロー役にまわるなら、まずそこを大事にしてみてください。今回は、例としてママが叱る役としましたが、もちろんパパとママが逆でも同じです。
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子どもを叱るとき、夫婦のどちらかが「フォロー役」にまわる。よくあることですが、やり方を間違えると、家族の中に悪者を作ってしまいます。 まず大前提として、叱るのはいつでも「子どもの行動」に対してです。「人格」ではありません。 たとえば、子どもがおもちゃを投げたときに、「おもちゃを投げたら危ないよ」と言うのは、行動を叱っています。でも、「なんでいつもそうなの」「何回言ってもわからないよね」は、叱っている対象が行動ではなく、その子自身に変わっています。 だから、夫婦でまず共有しておきたいのは、「叱るのは行動だけ」ということです。 叱るのは基本的に一人でいいです。二人がかりで責めると、子どもに逃げ場がなくなります。そのうえで大事なのは、叱る基準をできるだけそろえること。両親の言うことがそろっていたほうが、子どもには「これは本当にダメなんだ」と伝わりやすくなります。 そして、「子どもを叱る」というテーマのとき、よく言われるのが「親のどちらかは、フォロー役になったほうがいい」という話です。たしかに、子どもへのフォローは大事です。でも、フォローの優先順位を間違えると、家庭の中に別の問題が生まれます。 叱られている子どもを見ると、かばいたくなります。泣いていたり、落ち込んでいたりすると、助けたくなる。でも、叱っているパートナーの前で、もう一方がすぐに子どもをかばうと、叱ったほうだけが悪者になります。 たとえば、ママが叱っているとします。その途中で、パパが「もういいじゃん」「ママ、怒りすぎ」「こっちおいで」とかばってしまう。その瞬間、子どもは安心するかもしれません。でも、これが続くと、子どもの中に「叱るママ」と「助けてくれるパパ」という役割ができてしまいます。 すると、子どもは自分の行動を振り返るより先に、助けてくれるパパのところへ行くようになります。注意された内容を反省するよりも、叱る親から逃げることを覚えてしまうんです。 そうなると、叱った親はどんどん孤独になります。自分だけが嫌われ役。子どもにはイヤな顔をされ、パートナーもわかってくれない。そんな状態で、次も落ち着いて叱れるでしょうか。たぶん、難しいです。 叱っている親が、つい言葉を強くしてしまうのは、その人の性格が悪いからではありません。余裕がないからです。本当は叱りたくない。でも、叱らないといけない。子どもには「こわい」と言われる。叱ったあとで「また言いすぎた」と落ち込む。それでも次の日には、また同じことを注意しなければいけない。その積み重ねで余裕がなくなり、言葉がきつくなるんです。 だから、もう一方の親がまずやるべきなのは、子どもをすぐにフォローすることではありません。叱っているパートナーを孤独にしないことです。 「ママの言っていることは大事だよ」「投げたら危ないからやめよう」このくらいでいいんです。叱っているパートナーの味方をしながら、子どもの行動に線を引く。 もちろん、叱っているパートナーを支えることと、子どもを傷つける言葉を放っておくことは違います。人格を否定する言葉まで出ているなら、そこは止めたほうがいい。ただし、そのときも叱っている親を悪者にするのではなく、「一回落ち着こう」と仕切り直す形がいいです。 そして、自分が叱る役になったときには、絶対に避けたい言い方があります。 「そんなことすると、ママに怒られるよ」です。 これは、一見よくある注意に聞こえます。でも今回の例では、叱る責任をママに押しつけているだけです。子どもも、「何が良くないか」ではなく、「ママに怒られるかどうか」で判断するようになります。パパはいい人のまま、ママだけが嫌われ役になる。ずるいやり方です。 だから叱るときは、親のどちらかを怖い存在にしない。「ママに怒られるからやめよう」ではなく、「危ないからやめよう」と伝える。 そして、もちろん子どもへのフォローも忘れないでください。「さっきは、おもちゃを投げたことを注意したんだよ」「大好きな気持ちはそのままだよ」。これがあると安心して、「自分は嫌われた」ではなく、「この行動を直せばいいんだ」と考えられるようになります。 叱る人を孤独にしないこと。子どもを安心させることと、叱っている親を悪者にすることを混同しないこと。これができれば、叱る親に余裕ができて、子どもへの言い方も少しずつやわらかくなります。人格を責めるところまでいかずに、行動の話で止まれるようになる。それが結局、子どものメンタルを守ることにつながります。 子どもを守るために、叱っている親も守る。 フォロー役にまわるなら、まずそこを大事にしてみてください。今回は、例としてママが叱る役としましたが、もちろんパパとママが逆でも同じです。
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今回のプロ野球監督をめぐる報道について、個別事案なので詳細に触れるつもりはありませんが、気になっているのは、「子どもを叩くのも必要」「昔はそれで育った」という、しつけに関する誤解の声の多さです。 「昔はそれで育った」と語れるのは、なんとか育つことができた人だけです。叩かれて辛い思いをしたまま大人になった人、その記憶に今も苦しんでいる人の声は表に出づらい。まさに生存者バイアスです。 WHOは、体罰を「どれほど軽くても、身体的な力で痛みや不快感を与える罰」と定義しています。 「軽く叩いただけ」「愛情があった」は、体罰をしていい理由にはなりません。そして体罰は、子どもの心身の健康を害し、行動上の問題を長期的に増やし、肯定的な結果は一つもないと結論づけています。科学的根拠はすでに十分に揃っています。 叩けば子どもは黙ります。でもそれは理解したからではありません。怖いから言うことを聞いただけです。そこで学ぶのは「なぜいけないか」ではなく、「自分より力の強い人を怒らせると危ない」ということ。これはしつけではなく、力と恐怖による支配です。 しつけは、誰かに見られていないときも自分で判断して行動できる子に育てることです。暴力はその力を育てません。むしろ、感情が高ぶったら力で黙らせていい、自分より弱い人には何をしてもいい、というやり方を教えてしまうことになります。 ただ、暴力を使う親を「ダメな親」と切り捨てて終わるのも違います。 多くの大人は、子どもの発達も、適切な向き合い方も、自分が怒ったときの感情の抑え方も、学ぶ機会がないまま親になります。自分がされたやり方しか知らない人もいます。余裕がなくなったとき、言葉より先に手が出てしまう人もいます。 だから、親の苦しさを理解することと、子どもへの暴力を許さないことは、どちらも必要です。 そのうえで、「叱る」と「叩く」は全く違います。叩かなくても、子どもはきちんと育ちます。叩かないことは、甘やかしではありません。子どもを一人の人間として尊重することです。 「叩いて言うことを聞かせる」ことの方が、怖がらせるだけで簡単です。難しいのは、叩かずに止めること。叩かずに教えること。叩かずに自分で考える力を育てることです。 叩かなくなったから子どもがワガママになっているのではありません。叩かずに育てる方法を、大人が十分に学ぶ機会がなかっただけです。その責任を、子どものわがままに押しつけてはいけないと思います。理想論に聞こえるかもしれません。でもこれが、感情論ではなく、根拠に基づく事実です。
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最近、子育てをしている親御さんたちの中で、「叱ったあとに子どもに優しくするのは、DVと同じなのではないか」と心配している方が増えています。 まず、DVとは全く違います。形だけを見て「DVと同じ」と言い切る人がいますが、それは間違っています。 DVにおける優しさは、相手を支配し続けるための手段です。傷つけたあとに優しくすることで、相手から考える力を奪い、離れにくくし、「自分が悪かったのかも」と相手に錯覚させる。つまり目的は、相手を自分の言いなりにすることです。 一方で、親が子どもを叱り、そのあとに普通に接したり優しくしたりするのは、それとは真逆です。目的は支配ではありません。子どもが自分の行動をあらため、いずれ親がいなくても自分で考えて行動できるようにすることです。 子どもは、まだ善悪も、人への配慮も、カッとなったときの感情の抑え方も、十分には身につけていません。だから大人から「それは良くないこと」「そのラインは越えてはいけない」と教えてもらう必要があります。そうやって、自分の気分や感情より大事にしなければならないルールがあることを知っていきます。 でも、叱るだけでは教育になりません。 叱られたあとに親が無視したり、冷たくし続けたり、不機嫌なままでいたりすると、子どもは「何が悪かったのか」より先に、「自分は嫌われた」「見捨てられた」と受け取ってしまいます。行動を叱られたはずなのに、存在ごと拒絶されたように感じてしまう。これこそ、自己肯定感を一番下げてしまう対応です。 叱られた子どもに必要なのは、親の機嫌を気にすることではなく、何が悪かったのかを理解し、次にどうすればいいかを学ぶことです。 だから、叱ったあとに優しくすることは矛盾ではありません。むしろここまで含めて、やっと教育になります。 多くの親御さんは、叱ったあとに自然に抱きしめたり、声をかけたりしてきたと思います。間違っていません。むしろ子どもへの愛情として、正しい関わり方です。 叱ることは、行動を否定すること。 優しくすることは、存在を否定していないと伝えること。 この2つを分けて経験するから、子どもは「間違えたら終わりではない、直せばいい」と学ぶことができます。失敗を恐れず、自分の行動を振り返り、次に活かせる子に育っていく。 子どもに必要なのは、叱られない家庭ではありません。よくない行動は叱られる、それでも愛情は無くならないと安心できる家庭です。叱ることと優しくすることは、決して矛盾しません。むしろ両方そろって、初めて愛情となり、教育・しつけにつながっていく。DVとは全く違います。
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子育ての悩みに対して、「余裕がないなら仕方ない」と答えるのは、実はいちばん楽で簡単です。親御さんもその場ではホッとします。「これでいいんだ」と思えるからです。 でも、その答えの良くないところは、問題の先送りにしかならないことです。 なぜなら、その場しのぎの対応を続けることで、親の負担や子どもの困った行動が、1年後も変わらないままになる可能性が高いからです。 たとえば、食事中に子どもが椅子から降りて遊び始め、それを親が追いかけて食べさせる。短期的には「食べてくれてよかった」と思えるかもしれません。でも、それを続ければ、子どもは「遊びながらでも食べさせてもらえる」と学んでしまいます。結果的に、いちばん苦しくなるのは親です。 だからこそ、「現状をなんとかしたい」と本気で悩んでいる親御さんには、「仕方ない」で済ませるのではなく、「このままだともっと苦しくなるかもしれない」と現実を伝えることも必要だと考えます。厳しい人だと思われてしまっても、です。 もちろん、親御さんに余裕がないことは理解しないといけません。でも、親の気持ちに寄り添うことと、今のやり方をそのまま肯定することは違います。 このままだと、絶対に今後もっと苦しくなるとわかっているのに、それを隠して「仕方ないからそのままでいい」と答えるのは、頼ってくれている人に対して誠実ではないと思います。悩みを打ち明けてくれているご家庭は、友人や知人に相談しているわけではありません。専門家に相談してくれています。 友人や知人に相談する場合は、「仕方ない」と共感してもらうだけでも救われると思います。それもいいことです。でも、専門家に相談してくれている以上、その場しのぎの安心だけでなく、親子がこの先少しでも楽になれるための道筋を伝える責任があります。 今のやり方がこの先の親子を苦しくするなら、現実を伝えたうえで、少しでも楽になれる道を探すことが、専門家としての支援だと考えています。ご家庭が本当の意味で幸せになれる回答を、今後も大切にしていきたいです。
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今夜7時からは、NHK Eテレ「ハロー!ちびっこモンスター」です📺 番組史上最長、着替えに1時間以上…3姉妹の次女(2歳)のイヤイヤとかんしゃくで悩むママ。着替えを諦める選択肢も出てくるなか、いったいどうなるか?ぜひご覧ください🦖
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NHK Eテレ「ハロー!ちびっこモンスター」放送中です🦖 今日は放送する曜日と時間がいつもと違います! 今回のママパパのお悩みは、4歳のお兄ちゃんが「すぐにかんしゃくを起こす」こと。「鬼が来るよ!」などと脅して言うことを聞かせるそうですが、それをやめたいとのこと。ぜひご覧ください!📺
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今夜7時からは、NHK Eテレ『ハロー!ちびっこモンスター』放送100回記念スペシャルです!🎉 おかげさまで放送100回目を迎えました!観てくれている皆さん、スタッフの方々、共演者の方々のおかげです。ありがとうございます! 長く愛される番組になるよう頑張ります。今後もよろしくお願いします!
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卒園シーズンに合わせて、本日3月23日(月)から、全国の保育関係者の皆さんへの感謝を届ける屋外広告が掲出されます! ぜひ皆さんも、伝えそびれていた「ありがとう」があれば、#これ誰にお礼言ったらいいですか をつけて投稿してみてください! #これ誰にお礼言ったらいいですか #PR
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僕がお礼を伝えたい人は、東日本大震災やコロナ禍でも、保育の場を守り続けた保育士の皆さん、職場の仲間たちです。 社会全体が不安だったあの時期、「今日も保育園がある」が、親たちや子どもたちの支えになりました。 保育士ありがとう!保育士がんばろう! #これ誰にお礼言ったらいいですか
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「自分でできるでしょ」と言うほど、子どもは自立しない。 アメリカの発達心理学者が提唱した愛着理論では、子どものタイプが分類されています。その中に「回避型」と呼ばれる子どもたちがいます。親が離れても泣かず、一人で静かに遊べる。一見、自立しているように見える子です。 でもこの子たちは自立したのではありませんでした。求めることを諦めていたんです。 「泣いても来てくれない」「抱っこしてほしいのに応えてもらえない」が積み重なると、子どもは求めることをやめます。それなのに、その子は「手がかからない子」という良い評価になります。 ワンオペの親も構図はまったく同じです。何度頼っても動いてくれないパートナーに、そのうち期待しなくなる。頼ることを諦めた自分を保つために「誰かに頼ることが苦手なだけ」「しんどくたって大丈夫」と思い込ませる。でも本心は、誰かに頼りたい。助けてほしい。わかってほしい。 そういう人に「手がかからないパートナーだね!」とは誰も褒めません。でも子どもが同じことをすると、「手がかからない子」と喜ばれます。 子どもにとって信頼できる大人は「安全基地」です。基地が安全だと確認できて初めて、子どもはそこから離れようとします。転んでも、嫌なことがあっても、戻れば受け止めてもらえる。その安心があるから、遠くへ行けます。 では、基地に入れてもらえない子どもはどうなるか。 遠くへ行きません。基地の前から離れられない。どうすれば入れてもらえるのか、それだけを考えるようになります。赤ちゃんのように振る舞ったり、わざと叱られるようなことをしたりする。一見「わがまま」「手がかかる」ように見えますが、これは甘えやワガママではありません。基地に入れてほしいという、必死のサインです。 「突き放すと自立する」のではありません。「都合の良いように手がかからなくなる」が正しい。 そしてその子は、大人になった時どうなるか。 人に頼れない。弱さを見せると負けた気がする。「大丈夫」と言いながら、本当は全然大丈夫じゃない。それを「自分はそういう性格だから」と思い込んで納得しようとします。 でも本当は、子どもの頃に基地に入れてもらえなかっただけかもしれません。 もしそうだとしたら、いま目の前にいる子どもの「○○してほしい」は、多くの大人が子どもの頃に必要だったものと、同じものです。 甘えられたから、自立できるんです。 ※ここで言う「甘え」とは、抱っこしてほしい、そばにいてほしいといった愛情やお世話に関するものです。お菓子やおもちゃをねだることとは別の話です。
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「自分でできるでしょ」と言うほど、子どもは自立しない。 アメリカの発達心理学者が提唱した愛着理論では、子どものタイプが分類されています。その中に「回避型」と呼ばれる子どもたちがいます。親が離れても泣かず、一人で静かに遊べる。一見、自立しているように見える子です。 でもこの子たちは自立したのではありませんでした。求めることを諦めていたんです。 「泣いても来てくれない」「抱っこしてほしいのに応えてもらえない」が積み重なると、子どもは求めることをやめます。それなのに、その子は「手がかからない子」という良い評価になります。 ワンオペの親も構図はまったく同じです。何度頼っても動いてくれないパートナーに、そのうち期待しなくなる。頼ることを諦めた自分を保つために「誰かに頼ることが苦手なだけ」「しんどくたって大丈夫」と思い込ませる。でも本心は、誰かに頼りたい。助けてほしい。わかってほしい。 そういう人に「手がかからないパートナーだね!」とは誰も褒めません。でも子どもが同じことをすると、「手がかからない子」と喜ばれます。 子どもにとって信頼できる大人は「安全基地」です。基地が安全だと確認できて初めて、子どもはそこから離れようとします。転んでも、嫌なことがあっても、戻れば受け止めてもらえる。その安心があるから、遠くへ行けます。 では、基地に入れてもらえない子どもはどうなるか。 遠くへ行きません。基地の前から離れられない。どうすれば入れてもらえるのか、それだけを考えるようになります。赤ちゃんのように振る舞ったり、わざと叱られるようなことをしたりする。一見「わがまま」「手がかかる」ように見えますが、これは甘えやワガママではありません。基地に入れてほしいという、必死のサインです。 「突き放すと自立する」のではありません。「都合の良いように手がかからなくなる」が正しい。 そしてその子は、大人になった時どうなるか。 人に頼れない。弱さを見せると負けた気がする。「大丈夫」と言いながら、本当は全然大丈夫じゃない。それを「自分はそういう性格だから」と思い込んで納得しようとします。 でも本当は、子どもの頃に基地に入れてもらえなかっただけかもしれません。 もしそうだとしたら、いま目の前にいる子どもの「○○してほしい」は、多くの大人が子どもの頃に必要だったものと、同じものです。 甘えられたから、自立できるんです。 ※ここで言う「甘え」とは、抱っこしてほしい、そばにいてほしいといった愛情やお世話に関するものです。お菓子やおもちゃをねだることとは別の話です。
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