『理解者が居ない』と『周囲が五条に優しくなかった』はイコールでもなくて。
五条は他者との関わり方を考えた上で、優しく慈愛を持って接していた。
これに周囲が気付いていたかは、定かではないけど。五条が五条なりに周囲と関わっていたように、周囲も周囲なりに五条と関わろうとしてたんだよね。
個人的には、五条悟に理解者は居なかったと思っている。
というのも、“視座が違った”と五条自身が身を引いているので、寄り添う事がまず出来ないんですよね。
五条が「救えるのは、救われる準備がある奴だけ」と言ってる通り、「理解されるのも、理解される気がある奴だけ」だとわたしは思ってる。