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韓国の方から教えていただいた現代韓国のおもしろコンテンツ「K-労組」
どうみても体制派の見た目じゃないのに、左派政権に守られ罰せられない無敵の人らしい。韓国の左派は想像以上に酷かった。
日本においてユーゴスラビア紛争時のような異なる民族同士の殺し合いが起きてほしくないから、韓国人と中国人は祖国に帰ってほしいなと思う。
彼らの事は殺したいほど嫌いではないし、虐殺されたら可哀想だとは思うから、せめてそうなる前に帰国してくれないかな。
日本は関東大地震の時の前科もあるし彼らも不安だろうに、よく日本にいられるよな。
8年間東京で営んできた韓国レストランが経営ビザの厳格化の影響で閉店するという韓国日報の記事。一方、新大久保で20年以上韓国レストランをやってきた店主は「嫌韓デモ」よりも普通の人々の間に広がる漠然とした排外主義が怖いと。hankookilbo.com/news/article…
やっぱりそうなんだ。
親戚の元看護師複数は現職時代は性格が悪くてそれが生まれつきのものだと思ってたんだけど、まあそれは否定しないんだけど退職してから会ったらだいぶ攻撃性が落ちてた。
Replying to @jOqgZIAoFo3gVKY @nissy_nissy2017
現業職が難しいのは、夜勤の壁が大きいと思います
正直看護師も夜勤の壁を越えられずに体ぶっ壊してやめるのが普通の女性のコースなので
彼は旧植民地出身者として旧宗主国日本に憧れがあって日本に住んで働くことにステータスを感じており、韓国にいる韓国人に対してその優越感を感じているものの、実際に日本にいて日本人に囲まれていると旧宗主国民の日本人と旧植民地出身者の自分という序列を感じてしまい、祖国の同胞への優越感から日本滞在を捨てられないが日本人への劣等感に苛まれて、日本の不満を言いながら滞在するんだろうなと思う。
日本の場合、旧植民地韓国に居るということは都落ちであり明確に身分を落とす行為なので、たとえば政府や企業の職員として派遣されているとか韓国でないとできない何かがあるとか、韓国で盛んな何かの分野に取り組んでいるとかでなければ普通は行かないんだよな。でも韓国人は日本(或いは欧米)にいるだけで身分が上がるからわざわざ留学や就職に来てしまう。
ハーバードでアジア人が減点されて不利という話もこういうのを見ると仕方ない気もする。
日本の大学は日本の官僚や指導者層を選抜育成する機関でもあるから、そこが外国人だらけになって機能が十分に果たせなくなったら困る。
『親の着るものがなくなってでもお金作って子どもの教育に投資する』
中国では普通の考え方ですが、この思想を持つ家族が日本に来て受験をするとこうなります。
xitter.cf/miraizu_suisen/status/…
旧植民地においては旧宗主国が高い地位を有しており、旧宗主国での活動が経歴の加点になったり、旧宗主国での成功は大きな名誉となるけど、旧宗主国においては旧植民地に関わる事は都落ちに等しく経歴の汚点になるからかなと。
イギリス人が外国の大学にわざわざ行かず、逆に旧植民地を中心とした世界中の国々からイギリスに留学生が集まる事例の東アジア版。
体面を繕う動機として、自分はどう見られてもいいけど家族に悪いからしっかりしようというのがあって、それが減っているのだと思う。
家庭を持つと配偶者や子供の為に体面を意識しなければならないけど、独身だとずぼらな人はそれを意識せずどんどん堕落していく。
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顔写真と罪状を載せるのはともかくとして、製作した受刑者が刑務官の監視のもと売り子をやるのはいいと思う。
自分が作ったものが目の前でお客さんに認められて買ってもらえる経験は、少ないかもしれないが何人かの受刑者をいい方向に向かわせる効果はあると思う。
昔、地域の祭りで屋台を出して売れた時に嬉しかった思い出があるし、私自身が窓口担当が好きだったからそう思うのかもしれないが。
この手の話で思うのは、国によって自由な部分と制約される部分が違うだけなのではということ。
一見他の国が自由に見えても、自国では自由に振る舞える部分で制約があったり。
そして人によっては自国で自由な部分について特に主張がなく自由を求めていなかったり、制約される部分について主張があり制約を受け入れられなかったりする。そういう人は自由と制約が異なる外国へ行くと自由を感じて、祖国を抑圧的だと主張する。
韓国に行った事が無いので社会の状況はわからないが、流れてくる話を読んでいると韓国人の特性や社会的な振る舞い方は個人的に違和感がなく、自分は韓国人や韓国社会寄りなんじゃないかという感じはする。日本だと協調性に欠けて人目を気にせずスタンドプレーをする人間だけど、流れている話を読む限りではそれらは韓国においては問題にならなそうなので。
で、もし韓国人として韓国に生まれて韓国の教育を受けていたら、徹底的な反日主義者として日本を攻撃していただろうなというのも思う。現世では日本に生まれたので韓国が鬱陶しいだけで。
뭐랄까. 일본인들이 보기에 한국인들은 생각하는 대로 솔직하게 말하는 편이고 화가 나면 감추지 않는다고 생각하잖아...?
하지만 한국인이 느끼는 실상은 그렇지 않아. 한국인은 오랬동안 유교의 영향과 함께, 일제정부나 독재정권과 같은 권위주의 정치체제를 겪어왔기에 일본인들에 못지 않게 자기 표현이 절제된 편이야.
일본에 "공기를 읽지 못한다"는 표현이 있듯이 한국에는 "눈치가 없다"라는 표현이 있어. 매우 심한 말이고 집단에서는 개성이 강하고 남의 시선을 의식하지 않는 사람을 두고 하는 말이지.
외국에 나가보면 알아. 교수가 수업할 때 맨 뒤에 나란히 앉아서 아무 말도 하지 않고 질문이나 토론을 회피하는 학생들. 맞아. 일본인과 한국인이야. 이런 모습은 외국의 회사에서도 마찬가지야.
한국인은 늘 자문해. 왜 우리는 서양인들처럼 개성이 없고 자기 주장이 강하지 못하며 남의 눈치를 볼까? 유일한 예외가 있다면 일본인이야. 한국인들 입장에서는 뭐랄까, 한국인 보다 더 한국인 같은 사람들이랄까.
그것이 좋다, 나쁘다의 의미는 아니야. 뭔가 집단으로서 공동의 규율이나 가치가 있고 그것을 따라줬으면 할 때에는 이런 특성들이 매우 효과적이겠지. 그것이 동아시아 국가들을 선진국으로 만든 원동력 중 하나일테고.
어쨌든 한국과 일본은 어쩌면 전 세계에서 가장 사이가 좋지 않은 국가들 중 하나일지 몰라도, 한국인과 일본인은 세계에서 가장 비슷한 사람들 중 하나일거야. 서로 인정하기 싫겠지만 말이야.
この引用元を見ていると、こうやって土着の文化や言葉が消えていったんだなというのがよくわかる。
この人は代々の江戸っ子らしく、江戸弁を今でも受け継いでいるようなのだけど、東京で普及した他地域由来の言葉を指摘したら批判を受けている。
地域で主流だったものが代を経て少数派になり、それを代々受け継いできた人が多数派となった新勢力から馬鹿にされるというのは見ていて良い気がしない。
私のいる静岡でも既に廃れた言葉が静岡で使われる言葉として紹介される事があり、よその人に言われると否定したくなるが、地元にいて実際に使っている人が言う分には、今でも生き残っていたんだなと思うしそれを否定する気にはならない。
言葉に関する事例ではないが、駿河西部のあたりに納豆を食べるか食べないかの境があり、うちは食べない地域の家系だから今でも食べる習慣が無くて、年輩者と話していると60代くらいまではそれを明確に認識している事がある。50代とかでも「言われてみたら家で納豆が出た事がない」という人もいる。
しかし、本来食べない地域の人でもそれ以外からの地域の移民や納豆の普及を受け入れた家庭の人なんかは納豆食の境界を認識していなくて、静岡の中西部は本来納豆を食べない地域だという事を言った時にそんな事はないと批判を受けた事がある。これも同じような事例か。こちらは伝統的な習慣を維持しているだけなのにそれを悪き事や異端、偏屈であるかのように言われるのは気分が良くない。
男子校の方が陽キャもオタクも仲が良くて、共学の方がバカにしたりからかいが発生するという投稿を以前読んだ事がある。異性がいる事によってその目を意識した行動を取るようになるのではないかというもの。
その考えに従うと、男が他の男に加害する事が女性からのモテにつながるとも言えるし、実際に自分の学生時代にもヤンキーがモテるという現象はあった。男社会の有害性なるものは女性の目を一切意識しない状況において発現されるものなのか、女性がそれを好む事によって発現されているのではないかとも考える。























