
ALT 画像化されたテキストです。以下本文: たまごの後 佐伯家の食卓に目玉焼きはない。たまご焼きも出ないしオムレツも作らない。どれも夫婦の間で大喧嘩になり、離婚寸前まで行ったからだ。 曰く、目玉焼きには塩かケチャップか、たまご焼きはしょっぱいのか甘いのか、オムレツにはデミグラスかケチャップか。前者が早紀ちゃん、後者が竜司先輩の主張だけど、オレは竜司先輩が悪いと思う。だって、なんでも甘くしてケチャップをかけろだなんて、いい年した大人の言うことじゃないから。でも口を挟むと余計に燃えるのでオレは黙って朝食をつつく。ワンプレートのトーストとサラダの端にはゆでたまごが居心地悪そうに転がっている。 「先に食べちゃってよかったの?」 「いいわよ、別に。寝坊する方が悪いんだから」 コーヒーをブラックですすりながら、早紀ちゃんはそんなことを言う。昨日は飲み会だったけど、終電を逃したので佐伯家にお邪魔したのだ。一ヶ月ぶり四度目のことだった。早紀ちゃんの髪は相変わらず長く、身支度はとっくに終えてきれいなおだんごにまとめている。オレたちは非番だけど、彼女はこの後仕事があるのだ。本部中央司令室の防衛任務補佐だった。 オレたちが現役を退いて今年で何年目だったか。草壁隊はオレの加入後二年で解散し、新しい五チームに別れた後に就職でばらばらになったけど、大人になったいまもあの頃と変わらず交流は続いている。おかげで新婚半年の家に泊まり込んでも邪険にされないし、おいしい朝食にもありつけている。 「夫婦円満の秘訣はね、相手に期待しないことよ」 「そんなもんかね」 夫婦のことは分からないけどオレもブラックコーヒーをひと口、それから、とりあえずうなずいてみせる。「そんなもんよ」と早紀ちゃんは簡単に告げ、ダイニングテーブルにマグを置いた。 草壁隊の創立について、実は細かいことは知らない。オペが辞めた直後の元佐伯隊を早紀ちゃんが乗っ取ったことは有名だけど、オレが加入したのはその後なので現場は見てないのだ。おおむね想像できる通り、最初はぎすぎすしていたらしい。仲よし同級生でやってたところに生意気な年下がしゃしゃってきたんだからそりゃそう

ALT だ。でも最後にはA級三位まで押し上げた早紀ちゃんの功績は甚大で、おかげで竜司先輩は未だに頭が上がらない。 「一馬と隼人連れてきたのは俺だぞ」 竜司先輩は悔しまぎれにぶつくさ言ってたけど、本当に悔しいのは友達が活躍できなかったことだろう。将来の銃手一位と狙撃手五位を抱えて全然勝てなかったんだから、これも竜司先輩が悪い。悪いというか向き不向きの問題で、なにせまっすぐな性分だから搦手で攻めるということができない。いまは少しはましになったけど、若い頃はなおさらだった。 でも、文句をつけながらもその目がずっと早紀ちゃんを追っていたことは知っている。早紀ちゃんの隣に諏訪さんや堤さんがいると、あの先輩大好きな竜司先輩が少し苛ついていたことも。おかげで喧嘩は絶えなかったけれど、これもやっぱり竜司先輩が悪くて、師匠たちのもとから帰ってき早紀ちゃんにいつも一方的に突っかかっていた。 そのくせいざ草壁隊が解散しようかという頃になって「俺、早紀のことが好きみたいだ」と打ち明けられた日にはどついてやろうかと思った。一馬先輩が「自覚してなかったの!?」と派手に突っ込んでくれたのでかろうじて未遂で済んだけど。 最初から好きだったのか、嫌いな気持ちが反転したのか。どっちが先かは知らないけど、結果としてふたりは十年も一緒にいる。それはもう世界の真理なんじゃないかと、最近は勝手に思っている。 「はよ。俺の飯は?」 「ないよ。勝手に作りな」 そんなことを回想していたら当の本人が現れた。アラサーの竜司先輩は半日分の無精髭を撫で、「おう、分かった」と鷹揚に返す。若かりし頃のさわやかさはをそのままだけど、なにせ起きぬけだからさすがに野暮ったい。まあ、それはオレもおあいこだから目をつぶってやろうと思う。ただ、 「おい、ゆでたまごは固いのにしてくれって言っただろ」 「知らないわよ。あんたのはお鍋に入ってるから、自分でゆで直せばいいじゃない」 奥さんの皿から不満点を読み取り、オレを挟んで喧嘩をするのは本当にやめてほしい。これ流れもいつも通りで、十年来変わらないものだけど、諦めて受け流しているだけで別に歓迎はしていないので。

ALT でも、竜司先輩は気づいていない。テーブルにはミルクと砂糖たっぷりのコーヒーがあって、猫舌の旦那さんのためにしっかり冷ましてあることに。そして、 「まったくもう、明日は俺が作るからな。俺の好きなやつをよ」 「ええ、どうぞよろしく。私の分もよろしくね」 「仕方ねえなあ」 奥さんのてのひらの上で、ころころに転がされていることに。 竜司先輩がカウンターキッチンの向こうに消えて、換気扇とコンロの火をつける音が響く。 「早紀は出勤、九時だったよな。車出すから駿も乗ってけ」 「やったあ」 それから言葉と裏腹に、甲斐甲斐しい旦那さんに早変わりする。こうしてゆでたまご消滅の危機は回避され、この分なら佐伯家に目玉焼きとたまご焼きとオムレツが復活する日も近そうだった。



















