
奈良県在住ピアノ弾き語りSSW。Replica Lab.(@ReplicaLab )のピアノと作曲担当。過去に演劇作品へ作曲提供などもしてました。2026年は「やりたい事をやれるうちに」をテーマに早め早めの動きます。
日本 奈良
Joined May 2016
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🎹2026ライブスケジュール🗓️
10/11(日)昼 梅田ドンキストリート
10/11(日)夜 四ツ橋鹿音
10/24(土) 鹿音
11/1(土)千日前かつおの遊び場
11/11(水)長瀬BEA'S CAFE
11/13(金)かつおの遊び場
12/4(金)BEA'S CAFE"単独ライブ"
今年のライブも数える程。でもまだまだ素敵なお誘いお待ちしてます✨
松原史明@ピアノ弾き語り retweeted
かつおの遊び場は11月が周年月間🎉その初日にとても楽しいメンバーでお祝いライブ!是非遊びに来てください✨
11月1日(日)
@かつおの遊び場
open19:00
start19:30
¥2000 (1ドリンク込)
出演者
山田組
●藤本恵
●藤原弘尭
●山田智史
まえざわ組
●松原史明
●田中渉
●まえざわけんいち
松原史明@ピアノ弾き語り retweeted
ついに今週末になりました!めっちゃんこ楽しみな日なんでよろしくお願いします🙇
2026年11月1日(日)
大阪宗右衛門かつおの遊び場
open19:00start19:30
¥2000(1drik込)
まえざわけんいち/藤本恵/松原史明/藤原弘尭/田中渉/山田智史
かつおの遊び場は11月が周年月間🎉その初日にとても楽しいメンバーでお祝いライブ!是非遊びに来てください✨
11月1日(日)
@かつおの遊び場
open19:00
start19:30
¥2000 (1ドリンク込)
出演者
山田組
●藤本恵
●藤原弘尭
●山田智史
まえざわ組
●松原史明
●田中渉
●まえざわけんいち
松原史明@ピアノ弾き語り retweeted
🎊情報解禁🎊
🗓️2026年11月18日(水)
Live bar「OKAERI。」presents
「mix message vol.5」
<act>
Hrnafsa/松原史明/亀井龍士/燦燦シュウ
<open>18:30 <start>19:00
<adv>¥2500(1d¥600or2d¥1000別途)
チケットご予約は各出演者まで🙌
ライブハウス鹿音、3周年記念イベントでした!
2年半前の初出演から本当にお世話になってます、そして今鹿音さんが生まれ変わろうとしている最中、間近に居させていただき光栄です✨
自分も負けないよう生まれ変わり続けたいです、本日はおめでとうございました!
2週間振りのライブは周年イベント!呼んで頂けるだけでありがたい日✨
この日は入場無料!鹿音さんは心斎橋からも近いので、他のご予定がある方もぶらりとお立ち寄りください♪
そしてこの日はフードもあります🍙🍞楽しみです!現地で是非お会いしましょう!
前までは人に聴かせようと思って曲を作ってなかった。自分が感動出来るのが第一だった。
音楽で人は繋がるけど、人と繋がるツールとして音楽を作るのは本意じゃない。
まずはきちんと生きよう。
省略しない、ズルしない。
今は音楽への気持ちが足りてない。音楽を通じた人との繋がりの方に興味がいってしまってる。
そんな生活を楽しんでいるけれど、これはきっとこれまでの貯金を食い潰しているのだと思う。もう一度足元を見つめ直そう。
祭りとは何か?を真剣に考えた時期がある自分も概ね同じ意見。
元々祭りはある意味宗教のようなもので、地域においては社会通念よりも上位にあるものだったと思う。
時代が変わって地域の中だけで解決出来ない問題になっているのでより厳しい対策は必須。それでも祭りを潰して欲しくないと思います。
だいたい分かる:だんじりと事故について
■概要
およそ4トンある木製のロードローラーのようなだんじりを、数百人で引く。神事であり、地域によって疫病退散や提灯による献灯などの意味を持つ。岸和田市の公式説明では、五穀豊穣を祈願した稲荷祭が起源とされている。
お題目はそうだが、実際にはエネルギーを持て余したヤンキー気質な若者や、オッサンのストレス発散の場ではないか、という否定的な意見もある。地元でもだんじりが好きな人と嫌いな人には距離があり、「地元で万人に愛される普通の祭り」ではない。
(ちなみに筆者は泉州人であり、ある程度中立的に書いているつもりだが、令和の安全意識から厳しく問われる祭りだとは思う。廃止されるべきとは思わないが、事故を起こした時は叩かれても当然だと思っている。)
昼は豪快なスピードでカーブを曲がる「やり回し」が見せ場。
夜は提灯によって幻想的に飾られ、ゆっくり引き回される。
昼の荒々しさと夜の芸術性を持つ祭りであり、他の祭りにない魅力があるのは確か。
■問題点
本来は速度を競う祭りではないのだが、アスファルト舗装で速度が出しやすくなり、過激化したという説がある。ビデオ撮影が行われるようになって、より「いかにかっこよくやり回しをキメるか」が競われる傾向になったと言われる。
伝聞だが、ビデオ撮影が始まった頃、だんじりを作っている職人からも、
「年々部品の劣化が激しくなっていて、使い方が荒っぽくなっているのが分かる。いつか死人が出るのではないか」
と苦言があったと聞く。この頃、事故が頻発するようになったとも言われる。
つまり、だんじりそのものを否定するより先に、「過激化には大きな問題がある」と考えるべきだろう。
事故が起こると翌年はスピードを出さないように抑制され、それが数年続き、ほとぼりが冷めた頃にまたスピードを出すようになる。そして事故が起きる。この繰り返しになっている可能性がある。
だんじり事故は、時折重大な被害をもたらす。
(ただし、毎回大変なことになっているわけではない点には気をつけてほしい。単にコケて全員無事、ということもある。)
倒れただんじりの下敷きになった人が亡くなったり、重傷を負ったりする。進路上の家屋が損壊する。
「昭和の間に、だんじりのコースにあった木造電柱は全てだんじりが叩き折って、コンクリート製になった」
とは、地元で言われる品のない冗談。
品のない冗談というと、こんなものもある。
泉州人が外部の人間から、
「だんじりって毎年人が死ぬんだろ?」
と揶揄された時、
「アホ抜かせ!そんな事あるけ!たまにしか死なんわ!」
と返すのは、自嘲混じりの鉄板ネタ。
■反対意見
「人が死ぬような危険な祭りがいまだに生き残っているとか信じられない。野蛮。」
「ヤンキーとストレスを抱えたオッサンがイキるだけの祭り。」
「だんじりの地元では、毎年活躍の場があるから、いつまでも不良気質を抱えたままのオッサンが成長しない。」
これらはほとんど外部からの否定的な意見だが、地元でも同様に思っている人はいる。
■だんじりの魅力
前述したが、昼は豪快なスピードでカーブを曲がる「やり回し」が見せ場である。
砂煙を上げて豪快に曲がるだんじりに、巨大ロボットが好きな男の子なら心を掴まれるのは事実だ。
「本来、人の手ではコントロールできないようなヤバい物体を、完璧なチームワークでやり回す」
のは、率直に言って男のロマン。ゲッターロボの合体に通じる「危険と隣り合わせのサーカス」であり、カッコいいのは間違いない。
筆者も何度も目の前で見たが、祭りに対して乗り気でない僕でさえ、やり回しの迫力には、どんな理屈も吹き飛ばす原始的な血の滾りを感じてしまう。
巻き上がる砂煙、地面との摩擦で焼けた木製車輪の煙と匂い、重い物体が危険な速度で動く迫力。真剣な顔で一体となってやり回しを行う男たちの表情。「ズザザザザ!ゴリ、ガリガリガリ!」という、他では聞くことのできない異常な音。
巨大ロボットや怪獣に近い「モノ」といえば、だんじりだと思う。機械ではなく、人の手で動かすからこその迫力がある。
理屈ではなく本能に訴えるプリミティブなエンターテインメントであり、こうした「原始的で危険な祭りが現代日本に残っていること」自体を、是とするか否とするかは、当然意見が分かれるだろう。
事故れば人が死ぬ。人の命は重い。だからこの祭りは野蛮だ……というのは簡単だし、正論だ。しかし、理屈を吹っ飛ばす暴力的なものに、心惹かれる人がいるのも事実である。
だんじりに文字通り命を懸けている人がいる。少なくともその人にとって、命を張るにふさわしい価値のあるものであり、他の人が何と言おうと彼らは命を懸ける。
(とはいえ、他人の家は破壊するな。)
そうした祭りがあることが生きがいの人もいる。僕たちは物語の中でも、命の懸かった場所でしか生きることのできないキャラクターを何人か見てきたし、彼らを笑ったりはしないではないか。
「だけど祭りだろう?命を懸ける価値なんてない。」
その通りかもしれない。しかし、祭りだからこそ、日常生活では出す場所のない熱狂や闘争心を受け止める場になっているのではないか。
巨大な重量物を前に、度胸と技量を試され、仲間と息を合わせて難しい動きを成功させる。そこには確かに、真剣勝負に通じるものがある。「祭りなのだから、そこまで本気になる必要はない」と言っても、その本気こそが生きがいになっている人には届かないだろう。
ただし、その熱狂を理解することと、事故を容認することは別だ。本人が命を懸ける覚悟を持っていても、周囲の人や家屋を危険にさらしてよい理由にはならない。
だから考えたいのは、この熱狂と技の見せ場を、どうすれば事故を減らしながら残せるか、ということだ。祭りなのだからこそ、生きて帰り、来年もまた挑める形を目指してほしい。
だんじりは、よいものなのか、危険で愚かしい祭りなのか。僕にも結論が出せない。原始的なものの良さは確かにあると思う。一方、死人が出ると、そうした価値観などは世論に押しつぶされる。これに対しては感情論ではなく、祭りの価値と安全基準を秤にかけて考えたい。
「だんじりはヤンキーのオナニー」と切り捨てる人もいるが、なんとか、「現代に生き残ったプリミティブな祭りとしての希少性を認めつつ、安全性について深く考える」という方向で、生産的な意見を出せないものだろうか。
長文にお付き合いくださり、ありがとうございました。































