Look at the unprecedented level of destruction the world has allowed Apartheid-Israel to get away with in Gaza.
Know that the killing machine in that devastated ghetto is still running full throttle.
What a shame.
沓掛沙弥香 retweeted
イラン外務大臣セイエド・アッバース・アラグチ博士とイラン外務省にて会談した。同博士が駐日大使を務めておられた当時からのご縁を再確認するとともに、中国訪問の準備という多忙な日程の中、貴重なお時間を割いていただいたことに深く感謝。
まずはホルムズ海峡の開通問題について。アラグチ博士は、イラン・オマーン両国が「中間線」沿いに共同管理する新航路を国際海事機関(IMO)に登録する協議が進行中であることを説明。これが実現すれば、イラン側の北部航路とオマーン側の南部航路は通行できなくなり、新航路のみが両国により共同管理されることになる。
しかしながら、アラグチ博士は、これだけではホルムズ海峡を開通させる条件にはならないと強調された。核心は「イスラマバード了解覚書(Islamabad MoU)」の履行にあると。同覚書は2026年6月17日に米国・イラン両首脳が電子署名した14項目の枠組み合意であり、第1項にはレバノンを含む全戦線での軍事作戦の即時かつ恒久的な終結が明記されている。アラグチ博士は、この覚書の前提となっていた停戦を破ったのは米国側であるとの認識を示した。
さらに、アラグチ博士は、この戦争から日本が学ぶべき教訓についても言及された。自国の安全のために米軍基地を保有していたGCC諸国では、今回の戦争でその米軍基地がむしろ安全の崩壊をもたらしたこと。米国はGCC親米諸国よりイスラエルの安全を優先し、そのイスラエルでさえ被害を免れなかったこと。私はそれを石破政権時代から国会で指摘し続けていると言うと、静かに頷かれていた。米国の敵でありながら、揺るぎのない親日国家であるイランからのこの言葉の重みに目眩を感じながら、イラン外務省を後にした。
#伊勢崎賢治 #イラン #外交
ダルエスサラームで1番古い建築物、The Old Boma。1866年に当時のスルタン、サイードによって建てられた。現在はダルエスの建築や都市開発の歴史を展示する施設に。ドイツ植民地政府は最初ここを買い取って改修し使用したが、その後1903年に新しい行政庁舎を建設。これが現在の市庁舎(写真4枚目)。
アルーシャ備忘録。3年半ぶりのアルーシャ。町の雰囲気はあまり変わっていなかったけど、新しいお店や建物がたくさんでき、傘付きのボダも増え、町の範囲が大きくなった。雨季に差し掛かっていて、毎日雲が多く、メルー山を拝めなかったのが残念。
サクラ女子中学校へも訪問。こちらは日本が支援する私立中学校。今年からAレベル(高校)も開校し、校舎は日本の支援で建設された。このサクラ中学校の校内や近隣では、「こんにちは!」と話しかけられる。ソフトパワー外交の重要性を強く感じた一日だった。
また、イルボル中学校でも積極的に話しかけてくるのは私立出身で英語の自信がある生徒たちだったが、サクラ中学校でも、日本との交流でのプレゼンなどに発表者として手を挙げるのは私立出身の子たちばかりだという。今回の滞在では小学校の私立公立問題で新たに色々と考えるところがあり、収穫が多い。
ムレンダを作る。オクラをたくさん、トマトを少し、nyanyachuguを一つと塩。葉野菜を入れることが多いが、今日はないので、ピーナッツの粉を入れてくれた。水に材料を入れ、pekechoでクルクルと混ぜる。pekechoは辞書ではドリルの意味だが、ウジやムレンダを作る時に使うmwikoをpekechoというらしい。





































