
ミセスって元々五人組やったん知ってた?
ミセスは、活動の区切りに「名前」をつけた。
2020年7月人気絶頂のタイミングで活動休止を発表する
↓
でも彼らは、それを「休止」とだけは呼ばなかった
↓
「フェーズ1完結」。
↓
そして2022年3月の再始動を「フェーズ2開幕」と名付けた
この言葉ひとつで受け取られ方がまったく変わる
「休止」だとファンは不安になる
「完結」と「開幕」だと次の物語を待つ気持ちになる
フェーズ2ではメンバーが5人から3人になり衣装も見た目も大きく変わった
それでも「フェーズ2だから」で変化そのものが期待に変わった
結果は2023年から3年連続の日本レコード大賞
そして2025年の大みそかでフェーズ2を完結し2026年1月1日からフェーズ3へ
今度は活動休止を挟まないと先に宣言した
新しいロゴはフェーズ1とフェーズ2のロゴを掛け合わせたデザインになってる
変化を「ブレ」と受け取られるか「進化」と受け取られるか
その差は変わる前にどう名前をつけるかで決まる
1年半...。
吉沢亮と横浜流星が、映画『国宝』のために歌舞伎の稽古に費やした時間だ。
指導したのは、歌舞伎俳優の四代目中村鴈治郎。
撮影は京都の南座を3か月貸し切って行われた。
上映時間は3時間近く。
派手なアクションも、謎解きもない。
しかも題材は多くの人が「なんとなく知ってはいるけど観たことはない」歌舞伎。
普通に考えたら大ヒットする条件はそろっていない。
それでも2025年11月、
興行収入は173.7億円に到達。
22年間トップだった『踊る大捜査線 THE MOVIE 2』を超えて、実写の日本映画で歴代1位になった。
さらに、映画をきっかけに初めて歌舞伎座を訪れた人が1万人を超えたという。
宣伝の大きさで人を集めたのではない。
「本物に見えるまでやった」という事実が口コミで広がった。
俳優の箔はルックスや知名度だけではつかない。
「この人が出るなら本気の作品だ」と思わせる積み重ねでつく。
ミセスは、活動の区切りに「名前」をつけた。
2020年7月人気絶頂のタイミングで活動休止を発表する
↓
でも彼らは、それを「休止」とだけは呼ばなかった
↓
「フェーズ1完結」。
↓
そして2022年3月の再始動を「フェーズ2開幕」と名付けた
この言葉ひとつで受け取られ方がまったく変わる
「休止」だとファンは不安になる
「完結」と「開幕」だと次の物語を待つ気持ちになる
フェーズ2ではメンバーが5人から3人になり衣装も見た目も大きく変わった
それでも「フェーズ2だから」で変化そのものが期待に変わった
結果は2023年から3年連続の日本レコード大賞
そして2025年の大みそかでフェーズ2を完結し2026年1月1日からフェーズ3へ
今度は活動休止を挟まないと先に宣言した
新しいロゴはフェーズ1とフェーズ2のロゴを掛け合わせたデザインになってる
変化を「ブレ」と受け取られるか「進化」と受け取られるか
その差は変わる前にどう名前をつけるかで決まる
米津玄師は、名前を2つ持っている。
ひとつは「ハチ」。
2009年からニコニコ動画で活動していたボカロPとしての名前。
ボーカロイドに歌わせた曲でネットの世界ではすでに大人気だった。
もうひとつが本名の「米津玄師」
2012年、
この名前で初めてのアルバム『diorama』を出す。
作詞作曲、歌、ジャケットのイラストまで、全部ひとりで手がけた。
普通なら人気のある「ハチ」の名前で続けたほうが楽だ。
でも彼は一から自分の声で勝負し直した。
そして2018年「Lemon」で紅白歌合戦に初出場する。
歌ったのはNHKホールではなく、故郷・徳島の大塚国際美術館だった。
面白いのはハチを捨てたわけではないこと。
2024年には「どうも、ハチです。」という言葉とともにボカロ曲「ドーナツホール」の新しいMVを公開している。
過去の自分を消さず今の自分も曲げない。
出し方と見せ方を最初から最後まで自分で選んできた人だからこそ、
何をしても「米津玄師らしい」と受け取られる。
大谷翔平のブランディングで、一番うまいと思うのはグローブ6万個の話。
2023年11月、
彼はインスタグラムでこう発表した。
全国の小学校、約2万校に、子ども用のグラブを3個ずつ贈る。
右利き用が2個、左利き用が1個。
特別支援学校も含めて、全国の小学校が対象。
添えられたメッセージはたった一言。
「野球しようぜ!」
これがよくできているのは「すごい人」ではなく「一緒に遊ぶ人」として子どもに届いたこと。
グローブには「このグローブを使っていた子供達と将来一緒に野球ができることを楽しみにしています」という言葉も添えられた。
しかもこの取り組みは、彼が長期契約を結ぶニューバランスと一緒に行われている。
社会貢献とビジネスがきれいに一本につながっている。
テレビで活躍を見るだけの存在から教室に自分のグローブが届く存在へ。
子どもの頃の思い出に入り込んだ人は一生忘れられない。
サンドウィッチマンの好感度にはちゃんと理由がある。
2011年、東日本大震災...。
宮城県出身の2人は、震災のわずか5日後に「東北魂」という義援金の口座を開設した。
自分たちでも1000万円を寄付し、その後も支援を続けている。
もう一つあまり目立たないけれど大事な話がある。
2人は震災後、ネタの中で「死ぬ」という言葉を使わないようにしているらしい。
笑いのためなら何を言ってもいい、とは考えない。
誰かを傷つけない笑いを意識して選んでいる。
その積み重ねの結果、
好きな芸人ランキングでは何年も1位。
テレビタレントのイメージ調査でも男性部門の1位に選ばれている。
そして見た目は金髪とこわもて。
怖そうなのにやさしい。そのギャップまで含めてブランドになっている。
好感度は狙って上がるものではない。
「この人たちは裏切らない」という行動の積み重ねが、そう呼ばれているだけ。
一人の人間が、二つの名前を使い分けている。
監督・脚本では「北野武」
主演では「ビートたけし」
同じ人なのに名前が違う。
漫才コンビ「ツービート」で人気を集め、テレビのトップに立った「ビートたけし」
その一方で映画をつくるときは本名の「北野武」を名乗った。
初期の監督作品は商業的には成功しなかったと本人も振り返ってる。それでも撮り続けた。
転機は1997年...。
ヴェネツィア国際映画祭で最高賞の金獅子賞を受賞し「世界のキタノ」と呼ばれるようになる。
一方でテレビの「たけし」の顔はそのまま残ったまま。
一つの名前に全部を背負わせるとどちらかのイメージがもう一方を食ってしまう。
名前を分けたことで、笑いの顔も、芸術の顔も、どちらも本物として立ち続けた。
「パテック フィリップは決してあなただけのものではありません。次の世代のために預かっているのです」
という広告のコピーを1996年から続けた。
普通の高級ブランド
→ 「有名人が使っている時計」を売る
パテック
→ 「あなたの家族に受け継がれる時計」を売る
調査では有名人の写真を見せられたお客さんの反応は良くなかった。
「なぜ他人の物語を見せられるのか」と。
だから主役を有名人ではなく「親と子」にした。
ここがポイント。
・「高い」が「次の世代への投資」に変わる
・持ち主が、自分を物語の主役だと感じられる
・30年近く同じメッセージを続けている
箔を借りるのではなく、
お客さん自身に箔を持たせた。
オメガの箔がえぐい…。
月に行った時計「スピードマスター」
実は宇宙用に作られた時計ではない。
もとはモーターレース向けに作られ、普通に売られていた時計。
NASAは市販のクロノグラフを集めてテストした。
高温、低温、真空、衝撃…11項目の過酷な試験。
1965年、合格したのはオメガだけだった。
ここが箔のポイント。
特注品が宇宙で使われても一般の人には関係ない。
でも「お店で買えるのと同じ時計」が月に行った。
だから買う人も"月に行った時計"を手に入れられる。
1970年のアポロ13号では事故で計器が使えない中、14秒間のエンジン噴射をスピードマスターで計って地球に帰還した。
特別扱いされない実力が一番強い箔になる。
ルノーの戦車を真上から見た形から、この時計を生み出したと言われてる。
当時は丸い時計が当たり前。
そこにまっすぐな線の四角い時計を出した。
しかも最初の一本はアメリカ軍のパーシング将軍に贈られたと伝わっている。
一般に発売されたのは戦争が終わった後の1919年。
なぜこれが箔になったのか?
① 時代の象徴を、美しさに変えた → 誰もが知っている形だからこそ、強く記憶に残る
② 当たり前の逆を行った → 丸が普通の時代に、四角で勝負した
③ 100年以上ほとんど変えなかった → 変えないことで「時代を超えた定番」になった
カルティエは流行を追わず自分の形を守り抜いた。
箔は一度決めた形を守り続ける覚悟から生まれる。
資生堂「TSUBAKI」の売り出し方が、天才的すぎた。発売直後から一気に知名度を獲得した裏側には、巧みに設計された購買心理があった。
【 衝撃 】資生堂、箔の付け方がうますぎる。
化粧品会社なのに始まりは薬局。
しかも店の中でアイスクリームを売ってた。
1872年、
銀座で日本初の民間の洋風調剤薬局としてスタート。
1902年、
店内に「ソーダファウンテン」を開く。
ソーダ水やアイスクリームを作って売り始めた。
アメリカのドラッグストアを参考にしたもの。
これが今の資生堂パーラーの原点。
そして1915年「花椿」のマークが生まれる。
なぜこれが箔になったのか?
① 薬局という信頼から始めた
→ 「肌につけるもの」に必要な安心感が最初からあった
② 銀座で"体験"を売った
→ 商品より先に「ハイカラな資生堂」というイメージが広がった
③ 文化の中に登場した
→ 資生堂のソーダ水やアイスは、森鴎外の小説にも描かれている
モノを売る前に「憧れの場所」をつくった。
箔は商品ではなく体験からつく。
















